加島美術が「美祭」、甲斐庄楠音や蹄斎北馬ら

【銀座新聞ニュース=2019年4月19日】加島美術(中央区京橋3-3-2、03-3276-0700)は4月20日から5月6日まで「美祭選」を開く。

加島美術で4月20日から5月6日まで開かれる「美祭選」のフライヤー。

2007年から開いてきた美術品展示販売の「美祭-BISAI」を、今回から「美祭選」として、年2回、厳選した作品を紹介する、ワンランク上の美術品展示販売イベントにリニューアルしたとしている。

とくに、従来から実施している、ガラス越しではなく、直接、本物を見ることで、紙や墨が持つ独特の質感と佇まいを味わえるようにしている。また、オリジナルの販売カタログも、識者との対談やコラムなど、アートブックのように楽しめる1冊にしている。

「美祭選」に出品される横山大観「林間遅日」。

今回の注目作品は甲斐庄楠音(かいのしょう・ただおと、1894-1978)の「春」、菱田春草(ひしだ・しゅんそう、1874-1911)の「海上ぐ風図(習作)」、長沢芦雪(ながさわ・ろせつ、1754-1799)の「関羽図」、横山大観(よこやま・たいかん、1868-1958)の」という。

他にも、蹄斎北馬(ていさい・ほくば、1770-1844)、富岡鉄斎(とみおか・てっさい、1837-1924)らの近世絵画、大愚良寛(たいぐ・りょうかん、1757-1831)や棟方志功(むなかた・しこう、1903-1975)らによる墨跡、加山又造(かやま・またぞう、1927-2004)や片岡球子(かたおか・たまこ、1905-2008)らによる近代絵画などの作品約90点を展示販売する。

開場時間は10時から18時。入場は無料。トークイベントは事前にHPなどで申し込む。定員が30人で、多数の場合は抽選。22日締め切り。

注:「美祭選」の「選」は正しくは「てへん」を使った旧漢字です。

注:「長沢蘆雪」の「沢」は正しくは旧漢字です。

注:「海上台風図」の「台」は正しくは「風」と合わせた旧漢字です。

今も影響力を持つ元副大統領を描いて過去を問う「バイス」(261)

【ケイシーの映画冗報=2019年4月18日】4年に1度のアメリカ大統領選挙では、最終的に民主党と共和党の候補者による一騎討ちとなるのですが、どちらが大統領になるかで、アメリカ中(世界中?)が、予測を立てます。ちなみに、日本でも「アメリカ大統領選挙」というテレビゲームのソフトも販売されたことがあります。

現在、一般公開中の「バイス」((C)2018 ANNAPURNA PICTURES,LLC.All rights reserved.)。

アメリカ大統領の権限は大きく、銃規制の意欲的な民主党候補が有利となると、銃器や弾薬のメーカーが大増産にはげみます。民主党の大統領によって銃規制が強化される前の「駆け込み需要」に対応するためで、共和党のトランプ大統領の誕生で「予想を外した」組織や個人が相当数、生まれたとのこと。

また、大統領はかなりフリーハンドで人事を差配できるので、候補者周辺の人々も、恩恵を受けるための努力と献身を惜しまないのだそうです。アメリカ大統領をとりあげた作品はハリウッドにも多く存在しますが、副大統領(Vice President)を主人公にすえたメジャー映画は本作「バイス」(Vice、2018年)が最初ではないでしょうか。

1963年。ワイオミング州で電気工として働くディック・チェイニー(Dick Cheney、1941年生まれ。演じるのはクリスチャン・ベール=Christian Bale)は、恋人のリン(Lynne Vincent Cheney、1941年生まれ。演じるのはエイミー・アダムス=Amy Adams)に最後通告を受けます。飲酒運転で留置所に放りこまれるような日々を脱却しなければ見捨てる、というものでした。

心を入れ替えたチェイニーは勉学にはげみ、共和党所属の下院議員ドナルド・ラムズフェルド(Donald H.Rumsfeld、1932年生まれ。演じるのはスティーヴ・カレル=Steve Carell)のもとで働くことになります。

「寡黙で指示通りに働き、忠実」だったチェイニーは、師匠のラムズフェルドの立場が上がるごとに自身もキャリアをアップさせていきます。結婚したリンとの間にはふたりの娘に恵まれ、ついには史上最年少の34歳で「アメリカ大統領にもっとも近い存在」である首席補佐官に就任することになります。

心臓に持病があり、口下手(だから寡黙だった)なチェイニーを支えてきたのは妻のリンでした。良妻賢母で筆も立ち、スピーチも達者なリンにとって、女性ということで活躍の場が限られていることが不満で、それを夫のチェイニーに託したのです。チェイニーは、妻の願いにこたえ、アメリカ副大統領にまでのぼり詰めます。

大統領は父と同様に大統領となったジョージ・W・ブッシュ(George W.Bush、1946年生まれ。演じるのはサム・ロックウェル=Sam Rockwell)で、かつて酒びたりでああったブッシュは、大統領としては疑問符のつく人物でしたが、それをチェイニーが補佐するという体裁でした。

そして、就任後の2001年9月11日、アメリカ同時多発テロに直面します。チェイニーはそこで真価を発揮しました。黒子でありながら絶大な指導力を見せます。それは、大統領を越える強大な権力の行使でした。

監督・脚本のアダム・マッケイ(Adam McKay)はコメディ番組の台本からキャリアをスタートさせ、コメディ映画でヒットを連発しましたが、アメリカの金融問題を正面から描いた「マネー・ショート華麗なる大逆転」(The Big Short、2016年)でアカデミー賞脚色賞を受け、コメディだけではないことを実証しています。

マッケイ監督が「特別な分野における天才。官僚の天才だ」(パンフレットより)と評する主人公の依頼を受けたチェイニー役のベールは最初「まったく似ていないし、共通しているものもない」と否定的でしたが、「家庭では良き父でも、真実ではないことを語ったり、不当な戦争に導いたりすることもある」(2019年4月12日付読売新聞夕刊)と魅力を感じ、出演を決めたそうです。

「まったく似ていない」とベールが語った容姿ですが、約20キロの増量と毎日5時間を要したという特殊メイク(アカデミー賞メイクアップ&ヘアスタイリング賞受賞)によって、20代の新進気鋭から老獪な70代までをひとりで演じており、これは妻のリン役であるエイミー・アダムスやラムズフェルド役のスティーヴ・カレルも同様です。もちろん、演者の力量があってのメイクですが。

本年に入ってから、実際のできごとに題材を求めた作品を多く取り上げています。時代も1960年代から2000年以降までと多岐にわたっていますが、これらに共通するのは、「過去は本当に過去なのか?」という問いかけではないでしょうか。

チェイニー役のベールはこう語ります。
「(前略)過去30年間、米国の政府内、特に共和党内で影響力を持ち続けた。チェイニー氏の存在はまだ現在進行中で、彼なしに今の状況はない」(読売新聞夕刊)。

現代アメリカを知る、現状でベストの作品だと思います。次回は「シャザム!」の予定です(敬称略。【ケイシーの映画冗報】は映画通のケイシーさんが映画をテーマにして自由に書きます。時には最新作の紹介になることや、過去の作品に言及することもあります。当分の間、隔週木曜日に掲載します。また、画像の説明、編集注は著者と関係ありません)。

編集注:ウイキペディアによると、”ディック”リチャード・ブルース・チェイニー(Richard Bruce “Dick” Cheney)は1941年ネブラスカ州リンカーン生まれのウェールズ系アメリカ人で、メソジスト。ワイオミング州のキャスパーで育ち、父母は農務省に勤務していた。イェール大学を中退し、ワイオミング大学に編入学し、ワイオミング大学政治学専攻を卒業、1966年に同大学大学院政治学専攻修士課程を修了、さらに、ウィスコンシン大学大学院博士課程に移り、同大学大学院博士課程政治学専攻時代に、当時のウィスコンシン州知事、ウォーレン・ノールスのスタッフをつとめる。

リチャード・ニクソン(Richard Milhous Nixon、1913-1994、1969年から1974年まで大統領)政権では、大統領次席法律顧問を務め、ニクソンがウォーターゲート事件により辞任した後は、ジェラルド・フォード(Gerald Rudolph “Jerry” Ford.Jr.、1913-2006)政権で史上最年少、34歳でアメリカ大統領首席補佐官となる。その後、ワイオミング州から下院選に出馬、1978年に選挙では難しいとされながら当選を果たし、1989年まで6期つとめた。

1981年に当選2回ながら、首席補佐官時代の調整・政策立案能力を買われNo.4の下院・政策委員長に就任、イラン・コントラ事件の事態収拾に尽力した。人種隔離政策を推進していた南アフリカのピーター・ウィレム・ボータ(Pieter Willem Botha、1916–2006)政権に融和的で、1986年の同国に対する制裁法案には反対票を投じている。1989年に共和党下院院内幹事をつとめていたトレント・ロット(Chester Trent Lott,Sr.,1941年生まれ)の上院鞍替えに伴い、院内幹事に就任した。

ジョージ・H・W・ブッシュ(George Herbert Walker Bush、1924-2018、1989年から1993年まで大統領)政権の国防長官に1989年3月に就任、1990年8月にイラクのクウェート侵攻(クウェートをイラクの19番目の県として併合)が行われると、イラク軍のクウェートからの撃退のため、隣国・サウジアラビアとの関係強化を図り、中央軍・第3軍の駐留に合意。1991年1月の湾岸戦争を、ノーマン・シュワルツコフ(H Norman Schwarzkopf Jr. 1934-2012)、コーリン・パウエル(Colin Luther Powell、1937年生まれ)らと主導した。

アメリカのハリバートン社の経営にも1995年から2000年までCEOとして参加、ハリバートンは世界最大の石油掘削機の販売会社であり、イラク戦争後のイラクの復興支援事業や、アメリカ軍関連の各種サービスも提供し、湾岸戦争とイラク戦争で巨額な利益を得た。チェイニーは、この会社の最大の個人株主でもある。2000年の大統領選挙前にジョージ・ウォーカー・ブッシュ(当時テキサス州知事、 George Walker Bush、1946年生まれ)から副大統領候補を検討する委員長に任じられるも自らを推薦して次期副大統領となり、政権移行チームでも責任者となって閣僚人事を掌握した。

2001年1月20日にブッシュ政権の成立により第46代アメリカ合衆国副大統領となり、同年9月のアメリカ同時多発テロ事件直後は政府存続計画を実行して大統領危機管理センターなどの政府施設に避難し、アメリカ史上初とされる「影の政府」を組織した。小泉純一郎(こいずみ・じゅんいちろう、1942年生まれ、2001年から2006年まで首相)首相との会談をこなしたり、フロリダ州立大学の卒業式に参加した。フォード、子ブッシュ両政権で、国防長官であったドナルド・ラムズフェルドと30年以上もの師弟関係にある。

在任中は、「史上最強の副大統領」と呼ばれ、あるいはブッシュ政権において次席補佐官、大統領政策・戦略担当上級顧問を務めたカール・ローヴ(Karl Christian Rove、1950年生まれ)とともに「影の大統領」ともあだ名された。チェイニーは就任当初から自らの大統領への野心を否定し続けてきたが、そのことによりブッシュの篤い信頼を勝ち得、政権内で絶対的なNo.2の地位を維持し続けた。また、万が一の時に備えて自らのペースメーカーにもテロ対策を施していた。

一方で民主党への政権交代が決定した後の2008年12月、CNNが行った世論調査によればチェイニーが副大統領としての能力に劣っているとの回答が41%を占めた他、「史上最悪の副大統領」だとする意見が23%にのぼった。

阪急MEN’sで渡辺おさむが「スイーツで資本主義」展

【銀座新聞ニュース=2019年4月18日】画廊などを運営する株式会社タグボート(中央区日本橋人形、No.R日本橋人形町、03-5645-3242)は4月19日から5月23日まで阪急MEN’s TOKYO(千代田区有楽町2-5-1)7階の「ギャラリータグボート」で渡辺おさむさんによる「スイーツで資本主義を表現!? Capitalism」を開く。

4月19日から5月23日まで阪急メンズ・トウキョウ(MEN’s TOKYO)の「ギャラリータグボート」で開かれる渡辺おさむさんの「スイーツで資本主義を表現!? キャピタリズム(Capitalism)」に出品される作品。

現代美術作家の渡辺(わたなべ)おさむさんがスイーツと資本主義をテーマに、増殖し続ける資本主義経済を、過剰なまでにデコレーションされたスイーツで表現した新作を含む約30点を展示する。

渡辺おさむさんは本物そっくりのカラフルで精巧なクリームやキャンディ、フルーツなどを用いた作品により、スイーツデコの技術をアートにした現代美術家で、自ら「フェイク・クリーム・アート(Fake Cream Art)」と称している。

これまでに名画やギリシャ彫刻にデコレーションするシリーズ「アナザー・レジェンド(Another legend)」や、真っ白なクリームで枯山水を表現した「カレサンスイ(KARESANSUI)」シリーズ、世界遺産のデコレーションシリーズなど独自の表現スタイルで制作している。

渡辺おさむさんは1980年山口県周南市生まれ、2003年に東京造形大学デザイン学科を卒業、2007年に長野県信濃美術館で「五感でアート展」を開催、MOCA(上海現代美術館)でも「エコ(ECO)Xデザイン(DESIGN)展」を開いている。

2001年に京都アートコンペ2001で審査員特別賞、第19回ひとつぼ展で入選、ターナーアクリルアワードで審査員特別賞、2007年にアミューズアートジャム2007で倉本美津留賞などを受賞している。

現代アートのオンラインギャラリーを運営するタグボートは3月15日に阪急メンズ・トウキョウ(MEN’s TOKYO)がリニューアルオープンしたのを機に、ギャラリースペースを以前の人形町から阪急メンズ7階に移転した。

19日18時からオープニングパーティーを開く。

開場時間は11時から20時。入場は無料。

丸善日本橋で永森の大島紬バッグ、平野のアクセサリー展

【銀座新聞ニュース=2019年4月17日】大手書籍販売グループの丸善CHIホールディングス(新宿区市谷左内町31-2)傘下の丸善ジュンク堂書店(中央区日本橋2-3-10)が運営する丸善・日本橋店(中央区日本橋2-3-10、03-6214-2001)は4月17日から23日まで3階特設会場で永森みさおさんと平野恵子さんによる「大島紬の革バッグと天然石アクセサリー」を開く。

丸善・日本橋店で4月17日から23日まで開かれる「大島紬の革バッグと天然石アクセサリー」に出品される永森みさおさんの作品。

大島紬(おおしまつむぎ)と革を使ってバッグを制作している永森(ながもり)みさおさんと、天然石、アコヤパール、南洋真珠を組み合わせたアクセサリー、天然石を使った彫金アクセサリーを制作し、天然石工房「マリンスター」を主宰する平野恵子(ひらの・けいこ)さんが新作を中心に展示する。

ウイキペディアによると、大島紬とは、鹿児島県南方の奄美群島(主に奄美大島)の伝統工芸品としてつくられる織物で、手で紡いだ絹糸を泥染めしたものを手織りした平織の絹布、もしくはその絹布で縫製した和服をさす。

染色の工程で糸に鉄分が染み込むため着崩れや虫食いしが起きにくく、孫子の代まで長く使える。独特の黒褐色を基調とした繊細な折柄の美しさも評価され、日本の絹織物のうちでも高級品として知られる。安い物で一反30万円程度、最高級品は数百万円する。現代では「色大島」「白大島」など色調・柄の多様化が進んでいる。

同じく平野恵子さんの作品。

1980年に伝統的工芸品に指定された際、1)絹100%、2)先染めした糸を手織りする、3)平織り、4)締機(しめばた)で手作業によりタテ・ヨコ絣の加工をしたもの、5)手機(てばた)でタテ・ヨコ絣をカスリ合わせて織り上げたもの、と定められた。奄美大島には事業者でつくる「本場奄美大島紬織物協同組合」がある。

「大島紬村」によると、460年ころに唐から養蚕を導入し、661年ころに古代染色が始まり、奄美でもテーチ木染が始められた。952年に桑園が奨励され、奄美でも養蚕が行われ、1595年に江戸時代の初め頃から、特に奄美では古代手紬の製法技術が著しく進歩し、琉球各村に紡績織物工場の設立を奨励した。

1720年ころに薩摩藩が「紬着用禁止令」を出し、島役人以外の紬着用を禁じている。
。1829年ころに、絣(かすり)の技術を取り入れ、1871年ころに第1次技術革新期がはじまり、廃藩道県に伴い、生産販売が自由化され、家内工業から工場生産へ移行(鹿児島で生産)し、泥染め法が開発された。1895年ころに手紬糸から玉糸を使用、市場で人気が高まり、1902年に絣締機が発明される。

1929年に泥大島紬に部分的な着色法が開発され、合成染料が取り入れられ、派手な変化に富んだ柄模様ができ、1940年に「奢侈品製造禁止令」が出され、優秀品の生産が停止される。1945年に大戦により、大島紬の生産が停止され、1950年に米軍政下資金により原料糸入手(本場奄美大島)され、織口となった。1954年に「紬組合」を改組し、「本場奄美大島紬共同組合」が設立された。1955年に技術革新により、伝藍染の抜染法が開発され、合成染料による色大島が出現し、白地大島も生産された。

ただ、ウイキペディアでは、「大島が紬と言えるのは明治初年くらいまでであり、現在では撚糸を使い、紬とは言えなくなっている(「大島絣」)。それまでの大島製作法は現在の結城紬(茨城県)とまったく同じものであり、ただ製糸する時に使う糊が結城では米糊、大島では海苔(ふのり)、イギスといった海草を使う違いのみとしている。

永森みさおさんは杉野学園ドレメを卒業、アパレルメーカーに勤務、パタンナーとして働き、2012年より会社の傍ら、真渋工房でバッグの制作について学び、その後、独立して2015年2月より大島紬と革を使ったバッグ「ラム(lam、ベトナム語で「作る」の意味)」ブランドで活動を開始、百貨店を中心に販売している。

平野恵子さんは彫金、天然石アクセサリーを趣味で作ってきたが、2007年12月に彫金、天然石アクセサリーの工房「マリンスター」を開設、百貨店などで展示販売している。

開場時間は9時30分から20時30分(最終日は17時)まで。

日比谷「チア男子」、横浜流星、中尾暢樹ら初日挨拶

【銀座新聞ニュース=2019年4月17日】大手ゲーム、エンターテインメントのバンダイナムコホールディングス(港区芝5-37-8)傘下の中堅映像・音楽ソフト会社のバンダイナムコアーツ(渋谷区恵比寿1-18-14、恵比寿ファーストスクエア)とフジサンケイグループの大手映像・音楽ソフトメーカーのポニーキャニオン(港区虎ノ門2-5-10、住友不動産虎ノ門ビル)は5月10日にTOHOシネマズ日比谷(千代田区有楽町1-1-2、東京ミッドタウン日比谷、050-6868-5068)で「チア男子!!」の出演者による舞台あいさつを開く。

5月10日から一般公開される「チア男子!!」((C)朝井リョウ/集英社・LET’S GO BREAKERS PROJECT)。

10日18時20分の回上映前に、監督の風間太樹(かざま・ひろき)さんをはじめ、主人公の大学生「坂東晴希」役の横浜流星(よこはま・りゅうせい)さん、晴希の幼馴染で同じ大学生「橋本一馬」役の中尾暢樹(なかお・まさき)さん、晴希たちのチームに7人目として加わる大学生「徳川翔」役の瀬戸利樹(せと・としき)さん。

関西出身の大学生「長谷川弦」役の岩谷翔吾(いわや・しょうご)さん、同じメンバーで関西出身の大学生「鈴木総一郎」役の菅原健(すがわら・けん)さん、体重100キロ超のメンバーで大学生「遠野浩司」役の小平大智(こだいら・だいち)さん、結成メンバー3人のひとり「溝口渉」役の浅香航大(あさか・こうだい)さんが舞台に登場してあいさつする。

「チア男子!!」は直木賞作家の朝井リョウ(あさい・りょう)さんが実在する男子チアチームをモデルにした青春小説で、2010年に集英社より刊行され、2013年に文庫化されている。朝井リョウさんの母校、早稲田大学に実在する男子チアリーディングチーム「ショッカーズ(SHOCKERS)」より着想を得ている。

2012年からまつもとあやかさんの作画で「クッキー(CooKie)」などに連載され、2016年から近藤憲一(こんどう・けんいち)さんの作画により「少年ジャンプ+」(集英社)に連載され、2016年7月から9月までTOKYO MXなどによりアニメが放送されている。また、2016年10月に舞台化されている。

物語は柔道一家に生まれながら、やさしすぎる性格から強くなれずにいた晴希が試合で肩を負傷してしまうところからはじまる。晴希が柔道を続けるべきか迷っていると、柔道仲間で無二の親友である一馬が「やりたいことがある」と、突然柔道をやめると宣言する。

一馬が晴希と一緒にやりたいことは男子チアリーディング部の創設だった。些細なことから大ケガにつながってしまうため「仲間を信頼すること」というチアの基本を守りながら、男子チア部「ブレーカーズ(BREAKERS)」のメンバーは練習に打ち込んでいた。しかし、メンバー間の歯車が徐々におかしくなり、やがて決定的ともいえる亀裂を生んでしまう。

風間太樹さんは1991年山形県生まれ、東北芸術工科大学映像学科を卒業、在学中に制作した監督映画「ハルシオン・デイズ(Halcyon days)」が山形国際ムービーフェスティバル2013で入賞、2014年に「アオイ(AOI Pro.)」に入社、現在、エンタテイメントコンテンツ部に所属している。

2017年に映画「帝一の国」のスピンオフドラマ「帝一の国ー学生街の喫茶店」(全5話)で商業作品デビューし、同年に「東映 プレゼンツ(presents)HKT48×48人の映画監督たち」に参加、短編映画「屋上のおばけ」を発表、2018年に映画「恋は雨上がりのように」のオリジナルドラマ「恋は雨上がりのように-ポケットの中の願いごと」(全4話)を監督している。

チケットはチケットぴあを通じて先行抽選を発売中で、18日23時59分に締め切り。27日10時から一般発売する。料金は全席指定で2000円。