丸善丸の内で「ケイクラフツ」がバッグなど皮革製品を販売

(過去の記事については店舗名、個人名などを検索すると見られます)
【銀座新聞ニュース=2013年12月13日】丸善・丸の内本店(千代田区丸の内1-6-4、丸の内オアゾ内、03-5288-8881)は12月13日から12月25日まで4階文具フロアセレクション売り場で「ケイクラフツ(K-CRAFTS)」による「レザーコレクション」を開催している。

「ケイクラフツ(K-CRAFTS)」は「株式会社ディープオリーブ」(国立市中1-8-20)が主宰する工房兼ブランドで、受注生産を中心とするペンケースから小物類まで皮革製品を展示販売している。

「ケイクラフツ」は社長の久河芳子(くが・よしこ)さんが2000年に皮革製品の職人に出会い、商品化をはじめ、2007年11月にディープオリーブを設立した。店舗をもたず、主に丸善や百貨店などでイベントを開いて販売している。2013年は前年に続いて、今回の丸善・丸の内本店が最後になる。

営業時間は9時から21時。

永谷商事が宝井琴柑と歩く忠臣蔵お参りコース

(過去の記事については店舗名、個人名などを検索すると見られます)
【銀座新聞ニュース=2013年12月10日】永谷商事(武蔵野市吉祥寺本町1-20-1、0422-21-1796)が運営する「お江戸日本橋亭」(中央区日本橋本町3-1-6、日本橋永谷ビル1階、03-3245-1278)で12月18日に宝井琴柑さんによる「講談師と歩く歴史と文化の散歩ラリー」を開催する。

「講談師と歩く歴史と文化の散歩ラリー」は永谷商事が毎月2、3回程度定期的に開催している、講談師が名所旧跡などを解説しながら一緒に歩いて回り、その後、寄席で講談や落語などを鑑賞する企画だ。

今回は「忠臣蔵 四十七士お参りコース」と題して、二つ目の講談師、宝井琴柑(たからい・きんかん)さんと一緒に「泉岳寺(せんがくじ)」(港区高輪2-11-1)、「高松宮邸」(外観のみ、港区高輪1丁目)、「大石内蔵助(良雄、おおいし・くらのすけ・よしお、1659-1703)他十六人忠烈の跡」(都営高輪アパート内))、「大石主税(おおいし・ちから、1688-1703)切腹の跡」(現イタリア大使館、港区三田2-5-4)、「水野監物跡」(港区芝5-20-20)を歩き、その後、「お江戸日本橋亭」で宝井琴柑さんらによる寄席を鑑賞する。

ウイキペディアによると、「忠臣蔵」とは1701年4月21日(旧暦3月14日)に江戸城殿中において発生した刃傷沙汰と、それにより切腹させられた藩主の仇討ちを行った一連の事件を題材にした人形浄瑠璃、歌舞伎の作品を指している。

1701年に播州赤穂(現兵庫県赤穂市)藩主の浅野内匠頭長矩(あさの・たくみのかみ・ながのり、1667-1701)が、高家旗本(江戸幕府における儀式や典礼を司る役職に就くことのできる家格の旗本。旗本とは江戸時代に徳川将軍家直属の家臣団のうち、石高が1万石未満で儀式などで将軍が出席する席に参列する御目見以上の家格をもつ者を指す)の吉良上野介義央(きら・こうずのすけ・よしひさ、1641-1703)に対して江戸城内の松の廊下において刃傷(にんじょう)に及んだ。

浅野内匠頭長矩は殿中抜刀の罪で切腹となり、赤穂藩は改易となった。遺臣である赤穂藩筆頭家老の大石内蔵助良雄以下赤穂浪士47人(四十七士)が1703年1月30日(旧暦12月14日)に吉良屋敷に討ち入り、主君が殺害しようとして失敗した吉良上野介を家人や警護の者もろとも殺害した。

この事件を基に、1706年に近松門左衛門(ちかまつ・もんざえもん、1653-1725)作の人形浄瑠璃「碁盤太平記」が竹本座で上演され、以降、浄瑠璃と歌舞伎の人気題材となり、類似の作品が相次ぎ、その集大成が1748年に上演された2代目竹田出雲(たけだ・いづも、?-1747)、並木千柳(なみき・せんりゅう、1695-1751)らの合作による人形浄瑠璃「仮名手本忠臣蔵」とされ、同年に歌舞伎の演目として取り入れられ、大当たりしたという。

赤穂浪士47人は仇討ち後、浅野内匠頭の菩提である高輪泉岳寺に行き、墓前に吉良上野介の首級を供え、仇討ちを報告した。また、この際に足軽の1人が立ち退いており、赤穂浪士は46人となっており、報告を受けた幕府は細川越中守、松平隠岐守、毛利甲斐守、水野監物の4大名家に分けて預けさせた。1703年3月20日(旧暦2月4日)に預かりの大名屋敷で切腹を命じられ、その遺骸は泉岳寺に埋葬された。

赤穂浪士終焉の地として赤穂浪士17人が預けられた「大石良雄外十六人忠烈の跡」、9人が預けられた「水野監物邸跡」、10人が預けられた「大石主税良金ら十士切腹の地」、10人が預けられた「長門長府城主毛利甲斐守網元麻布上屋敷跡」(港区六本木6丁目)の4カ所があり、いずれもその屋敷で切腹させられた。今回はそのうち3カ所の跡を見て回る。

「泉岳寺」は1612年に徳川家康(とくがわ・いえやす、1543-1616)が外桜田に門庵宗関(もんあん・そうかん)を招いて創建した。1641年に「寛永の大火」で焼失したが、徳川家光(とくがわ・いえみつ、1623-1651)の命で現在の高輪の地で再建された。毎年、12月13日と14日は義士祭が催される。また境内に、赤穂浪士ゆかりの品を所蔵している「赤穂義士記念館」がある。

「大石主税切腹の跡」では毎年、イタリア大使が命日に供養を行っている。

宝井琴柑さんは神奈川県横浜市生まれ、山形大学人文学部を卒業、2006年4月に宝井琴星(たからい・きんせい)さんに入門、講談協会前座見習い、6月に前座となり、2010年6月に二ツ目に昇進した。

時間は10時から16時で、昼までにお江戸日本橋亭に戻り、13時30分からお江戸日本橋亭で宝井琴柑さんらの寄席となる。料金は弁当、飲み物、寄席代を含めて3000円で、交通費などがかかる場合は自己負担となる。申し込みは永谷商事まで。

13時30分からお江戸日本橋寄席は前座の立川笑二(たてかわ・しょうじ)さん、二ツ目の三笑亭可女次(さんしょうてい・かめじ)さん、宝井琴柑さん、真打の三遊亭好楽(さんゆうてい・こうらく)さん、ギター漫談家のベートーベン鈴木(べーとべん・すずき)さん、真打の土橋亭里う馬(どきょうてい・りゅうば)さんが出演する予定。