「柘榴坂の仇討」で中井貴一、広末涼子ら舞台挨拶

(過去の記事については店舗名、個人名などを検索すると見られます)
【銀座新聞ニュース=2014年9月12日】松竹(中央区築地4-1-1、東劇ビル)は、03-3591-1221)は9月20日から丸の内ピカデリー(千代田区有楽町2-5-1、有楽町マリオン9階、03-3201-2881)で一般公開する「柘榴坂の仇討」の初日に中井貴一さん、広末涼子さんらによる舞台あいさつを開催する。

20日の9時45分の回上映終了後に、監督の若松節朗(わかまつ・せつろう)さんをはじめ、彦根藩士で井伊直弼の御駕籠回り近習役「志村金吾」役の中井貴一(なかい・きいち)さん、水戸藩浪士「佐橋十兵衛」役の阿部寛(あべ・ひろし)さん、志村金吾の妻「志村セツ」役の広末涼子(ひろすえ・りょうこ)さん。

「秋元和衛」役の藤竜也(ふじ・たつや)さん、「ユキ」役の木崎(きざき)ゆりあさん、「志村覚馬」役の近江陽一郎(おおみ・よういちろう)さんが舞台に登場してあいさつする。

「柘榴坂の仇討」は作家の浅田次郎(あさだ・じろう)さんが2004年に発表した幕末から明治維新の大混乱期を生きた人々を描いた短編集「五郎治殿御始末」に収められている同じ題名を映画化した作品だ。

物語は幕末の安政7(1860)年、主君・井伊直弼の御駕籠回り近習役として仕えていた彦根藩士の志村金吾が、桜田門外において目の前で井伊の殺害を許してしまうところからはじまる。志村は切腹も許されず、仇討ちを命じられるが、時が明治へと移り変わってもなお、井伊を殺害した刺客を探し続ける。

やがて志村は、井伊を討った水戸藩浪士の最後のひとりで、車引きの直吉と名を変えて生きていた佐橋十兵衛を見つけ出すが、その日、明治政府が仇討ち禁止令を発する。

ウイキペディアなどによると、若松節朗さんは秋田県河辺郡河辺町(現秋田市)生まれ、日本大学芸術学部放送学科を卒業、テレパックのテレビドラマのAD、演出補として、1980年にフジテレビの「ゆく道くる道わかれ道」、1982年にフジテレビ「おまかせください、オレの女房どの」、1983年にフジテレビ月曜ドラマランド「どっきり天馬先生」などを手掛け、1986年に共同テレビに入社した。

同年にフジテレビ「透明少女」、1987年にフジテレビ「ラジオびんびん物語」などを手掛け、1994年に映画「コンプレックス・ブルー(COMPLEX BLUE)」を監督、2000年に映画「ホワイトアウト」で日本アカデミー賞優秀監督賞、2009年に「沈まぬ太陽」で日本アカデミー賞優秀監督賞などを受賞し、2012年10月に舞台「地球の王様で演出を務め、現在、共同テレビジョン役員待遇エグゼグティブディレクター。

チケットは丸の内ピカデリーHP内インターネット購入サービスを通じて販売し、料金は一般、大学生、シニア1100円、3歳から高校生と障がい者1000円。

コメントは受け付けていません。