日本橋三越の美術110年、芸大130年展、教員60人が作品、木津が授業

【銀座新聞ニュース=2017年12月27日】国内最大手の百貨店グループ、三越伊勢丹ホールディングス(新宿区新宿5-16-10)傘下の三越伊勢丹(新宿区新宿3-14-1)が運営する日本橋三越(中央区日本橋室町1-4-1、03-3241-3311)は12月27日から2018年1月9日まで本館6階美術フロアで「東京芸術大学130周年×三越美術110周年記念 美術学部教員による作品展」を開いている。

日本橋三越で2018年1月9日まで開かれている「東京芸術大学130周年×三越美術110周年記念 美術学部教員による作品展」に出品される籔内佐斗司さんの「天上天下 おんりぃわん童子」(税込453万6000円)。

東京芸術大学はその前身となる東京美術学校が1887年に開設されてから2017年に130年を迎えた。一方、三越美術フロアは1907(明治40)年に誕生してから110周年が経った。この節目の年を記念して三越と東京芸術大学が共同で記念企画展を開く。

本展では、自らも作家として日本の美術界を牽引し、次代を担う作家を育成する、美術学部の教員約60人の作品を公開するとともに、10月に芸大内で開かれた、130周年記念事業のひとつ「芸大茶会」に出品された作品を披露する。

今回は日本画の手塚雄二(てづか・ゆうじ)さん、彫刻の木戸修(きど・おさむ)さん、デザインの箭内道彦(やない・みちひこ)さんと橋本和幸(はしもと・かずゆき)さん、工芸の豊福誠(とよふく・まこと)さん、三上亮(みかみ・りょう)さん。
先端芸術で美術学部長の日比野克彦(ひびの・かつひこ)さん、 美術教育の木津文哉(きづ・ふみや)さん、文化財保存学の籔内佐斗司(やぶうち・さとし)さんら日本画、油画、彫刻、デザイン、工芸、先端芸術、芸術学、美術教育、グローバルアートプラクティス、文化財保存学、付属写真センターの11分野より 約60人の教員が出品する。

ウイキペディアによると、東京芸術大学は1887(明治20)年に東京府(当時)に設立された官立の東京美術学校と東京府下谷区に設立された官立の東京音楽学校が1949(昭和24)年5月に国立学校設置法の公布施行に伴い、統合されて新制「東京芸術大学」が設立された。2004年4月1日に国立大学法人法の制定および国立学校設置法の廃止により、これまで国の機関の一部であった大学は法人格を取得して「国立大学法人東京芸術大学」となり、同時に東京芸術大学を設置した。

同じく木津文哉さんの「迷宮」(129万6000円)。

東京美術学校は1876(明治9)年に工部大学校付属「工部美術学校」として設立され、お雇い外国人によるヨーロッパ式の教育が行われたが、1883(明治16)年に廃止され、1885(明治18)年に文部省の図画調査会において官立美術学校の設立が提案され、アーネスト・フェノロサ(Ernest Francisco Fenollosa、1853-1908)、岡倉天心(おかくら・てんしん、1863-1913)、狩野芳崖(かのう・ほうがい、1828-1888)らが中心となって「図画取調掛」を設立された。

1887年10月4日に「東京美術学校」と改称され、1889(明治22)年2月に現在の上野校地(旧教育博物館跡)に移転し授業をはじめた。当初は日本画、木彫、工芸の3科で、後に西洋画科、建築科などが設置され、東京芸術大学開学の2年後の1952年に最後の卒業式後に閉校された。

東京音楽学校は1878(明治11)年に伊沢修二(いさわ・しゅうじ、1851-1917)が目賀田種太郎(めがた・たねたろう、1853-1926)と連名で音楽教育の意見書を文部大臣に提出し、1879(明治12)年に文部省に伊沢修二を御用掛とする「音楽取調掛」が設立され、1880年以降、東京師範学校付属小学校(現筑波大学付属小学校)生や東京女子師範学校付属幼稚園(現お茶の水女子大学付属幼稚園)生への音楽教育を担当する教員の育成を行い、音楽専門教育機関の役割を果たすようになった。

その後、数回の名称変更を経て、1887年10月4日に東京音楽学校と改称され、1890年5月12日に新校舎(現旧東京音楽学校奏楽堂が含まれていた校舎)が現在の奏楽堂の位置に落成された。1893(明治26)年に、一時東京高等師範学校(東京教育大学、現筑波大学)の付属学校となったが、1899(明治32)年に独立し、東京芸術大学開学の2年後の1952年に最後の卒業式後に閉校された。

東京芸術大学は現在、上野キャンパス(台東区上野公園)、取手キャンパス(茨城県取手市小文間)、千住キャンパス(足立区千住)、横浜キャンパスがあり、横浜キャンパスの下に馬車道校舎(神奈川県横浜市中区本町)、新港校舎(神奈川県横浜市中区新港)、万国橋校舎(神奈川県横浜市中区海岸通)がある。

学部は美術学部(絵画科、デザイン科、彫刻科、工芸科、建築科、先端芸術表現科、芸術学科)と音楽学部(作曲科、指揮科、声楽科、器楽科、邦楽科、楽理科、音楽環境創造科)の2学部14学科から成り、大学院に美術研究科、音楽研究科、映像研究科が置かれている。

三越は江戸時代の1673(延宝元)年に伊勢商人の三井高利(みつい・たかとし、1622-1694)が江戸本町1丁目(現日本銀行辺り)に呉服店の「越後屋(えちごや)」を開業したのがはじまりで、「店前現銀売り(たなさきげんきんうり)」や「現銀掛値無し(げんきんかけねなし)」など当時としては画期的な商法を次々と打ち出した。現在では当たり前になっている正札販売を初めて実現し、当時富裕層だけのものだった呉服を、ひろく一般市民のものにした。1893(明治26)年に越後屋を「合名会社三井呉服店」に改組し、1904(明治37)年に「株式会社三越呉服店」を設立し、「デパートメントストア宣言」を行った。

1907(明治40)年に日本橋本店内に食堂と写真室を開設し、12月1日に「新美術部」を開設し、1913(大正2)年に帝国劇場のパンフレットに「今日は帝劇、明日は三越」の広告を掲載し、1928(昭和3)年に「株式会社三越」と改称され、1929(昭和4)年に新宿店、1930年に銀座店を開店した。2003年に子会社4社(千葉三越、名古屋三越、福岡三越、鹿児島三越)と合併(新設合併)により、2代目の株式会社三越が誕生した。2008年に伊勢丹との共同持株会社「三越伊勢丹ホールディングス」を設立し、三越はその完全子会社となり、2011年4月1日に運営会社の株式会社三越が、株式会社伊勢丹を吸収合併し、「株式会社三越伊勢丹」となった。

スペシャルプログラムとして公開授業と座談会を開く。事前予約は不要で、入場は無料。
1月3日13時から14時30分まで本館6階で木津文哉さんによる公開授業として「東京芸術大学の授業体験」を開く。木津文哉さんが「絵の中に秘められていること」としてデッサンを解説する。

6日15時から16時まで6階で、日比野克彦さん、手塚雄二さん、橋本和幸さんの3人によるクロストークを開く。

営業時間は10時30分から19時30分まで。入場は無料。