永谷商事、神田翠月が谷中七福神巡り、最古の七福神

【銀座新聞ニュース=2018年1月6日】不動産会社で都心で寄席を経営する永谷商事(武蔵野市吉祥寺本町1-20-1、0422-21-1796)が運営する永谷商事(武蔵野市吉祥寺本町1-20-1、0422-21-1796)が運営する「お江戸上野広小路亭」(台東区上野1-20-10、上野永谷ビル、03-3833-1789)は1月10日に神田翠月さんによる「講談師と一緒に歩く 歴史と文化の散歩ラリー」を開く。

永谷商事が1月10日に開く「講談師と一緒に歩く 歴史と文化の散歩ラリー」で「七福神巡り(谷中)」を案内する神田翠月さん。

永谷商事が毎月1回から2回程度、定期的に開いている「講釈師と一緒に歩く歴史と文化の散歩ラリー」シリーズのひとつで、講談師が名所旧跡などを解説しながら一緒に歩いて回る企画だ。正月は東京の主要な「七福神めぐり」を開く。

第2弾は「七福神巡り・谷中」と題して、真打の講談師、神田翠月(かんだ・すいげつ)さんの案内でJR「田端駅」から「福禄寿(人望福徳)」の「東覚寺(とうがくじ)」(北区田端2-7-3、03-3821-1031)、「恵比寿神(愛敬富財)」の「青雲寺(せいうんじ)」(荒川区西日暮里3-6-4)、「布袋尊(ほていそん、清簾度量)」の「修性院(しゅせいいん)」(台東区谷中 7-14-8、03-3821-4474)、「寿老人(延命長寿)」の「長安寺(ちょうあんじ)」(台東区谷中5-2-22、03-3828-1094)を歩く。

その後、「毘沙門天(びしゃもんてん、勇気授福)」の「天王寺(てんのうじ)」(台東区谷中7-14-8、03-3821-4474)、「大黒神(有富蓄財)」の「護国院(ごこくいん)」(台東区上野公園10-18、03-3821-3906)、「弁財天」の「不忍池弁天堂(しのばずのいけべんてんどう)」(台東区上野公園2-1、03-3821-4638)を案内し、そこからお江戸上野広小路亭に移り、神田翠月さんらが出演する「しのばず寄席」を鑑賞する。

谷中七福神めぐりは江戸時代からあるもっとも古い「七福神めぐり」といわれており、受け入れ期間が1月15日までになっている。

「東覚寺」は1491年に現在の千代田区に創建され、1596年ごろ現在の地に移された。門前の赤紙仁王像は「身替り仁王」といわれ、病気と同じ場所に赤紙を張ると治ると信じられ、治った場合はわらじを奉納することになっている。

「青雲寺」は「恵比寿」の釣竿(ついざお)があり、「釣りして網せず」とされ、暴利を貪(むさぼ)らない清い心を表しているといわれている。境内には滝沢馬琴(たきざわ・ばきん、1767-1848)の筆塚をはじめ、江戸を代表する文人の碑がある。

「修性院」は江戸時代より「花見寺」とも呼ばれ、その花をイメージさせるピンクの外壁には、春夏秋冬の布袋尊が描かれ、堂の中に高さ2メートル、重さ200キログラムの布袋尊がある。

「長安寺」は1669年に創建され、寿老人像は徳川家康(とくがわ・いえやす、1543-1616)が納めたといわれている。長寿のシンボルとして左ひざに鹿を従えている。

「天王寺」は江戸の「三富」として富くじ興行が許可されていた。「護国院」は徳川家康ゆかりの寺で、江戸時代には、大黒天に供えたもちを煮溶かしたお湯を飲む「福湯」の行事があり、以来幸福を授かるといわれている。

「弁天堂」は不忍池に島を作り、弁財天がまつられている。当時から芸能の神様として多くの人に信仰され、天井には、この空間を守っているといわれている竜がいる。

谷中七福神の御朱印和紙は長安寺以外の寺で購入でき、谷中七福神御朱印和紙(1000円)と谷中七福神御朱印(200円)がある。

神田翠月さんは静岡県浜松市生まれ、1968年に田辺一鶴(たなべ・いっかく、1929-2009)に入門、前座名「田辺小鶴(たなべ・こづる)」で初高座、女流講談師第1号となり、1971年に二つ目、1976年に真打に昇進、2代目神田山陽(かんだ・さんよう、1909-2000)の門下に移り、「神田翠月」と改名した。現在、講談協会副会長を務めている。

時間は13時に田端駅に集合し、16時前後にはお江戸上野広小路亭に移り、16時45分からの「しのばず寄席」を観賞する。料金は弁当、飲み物、寄席代を含めて3500円で、交通費などがかかる場合は自己負担となる。希望者は永谷商事まで電話で申し込む。

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