50年前の事件を再現しながら、現状を見せた「デトロイト」(231)

【ケイシーの映画冗報=2018年2月8日】10年以上前ですが、ハリウッド映画でも“ネタ”にされるほどのアメリカ西部の“田舎”に滞在したことがあります。事前の説明会で「人種差別が根強く残っています。“東洋人”は差別の対象ですので気をつけてください」といわれ、「21世紀にもなって」と疑問を感じた経験がありました。そのエピソードを鮮やかに想起させたのが本作「デトロイト」(Detroit、2017年)です。

1月26日から公開されている「デトロイト」((C)2017 SHEPARD DOG,LLC. ALL RIGHTS RESERVED.)。制作費は3400万ドル(約34億円)、興行収入が2125万ドル(約21億2500万円、2017年)にとどまっている。第90回アカデミー賞作品賞の有力候補とされながら、作品賞以外も含め全部門で候補対象に入らなかった。

1967年の7月、イリノイ州デトロイトでは、市警察による強引な捜査に反発した黒人たちが暴れ出し、破壊と略奪、そして暴力が横行するようになりました。世にいう「デトロイト暴動」のさなか、事件は起こります。

比較的平穏だった区域にあるアルジェ・モーテルの近くで銃声がとどろきます。モーテルの客がオモチャのピストルを鳴らしたのですが、警戒にあたる警官や、騒乱を静めるために出動していた州軍の兵士がモーテルになだれ込んできました。

偶然居合わせたプロの歌手を夢見る黒人ボーカルグループのラリー(演じるのはアルジー・スミス=Algee Smith)や、ベトナムからの黒人帰還兵グリーン(演じるのはアンソニー・マッキー=Anthony Mackie)は、飛び込んできた白人警官のクラウス(演じるのはウィル・ポールター=Will Poulter)らによって、ほとんど拷問のような尋問を受けます。

銃で脅されて自白を強要するという理不尽な空間に居合わせしまった黒人の民関警備員ディスミュークス(演じるのはジョン・ボイエガ=John Boyega)は、被害者となったモーテルの宿泊客を守るため、たったひとりで困難な状況に立ち向かいます。

やがて恐怖の一夜は朝を迎えますが、モーテルでは3人の黒人が警官に射殺されていました。警官の「正当防衛」か、それとも権力による「私刑」なのか。「アルジェ・モーテル事件」は法廷での争いとなるのでした。

監督のキャスリン・ビグロー(Kathryn Bigelow)は、イラクの戦場での爆弾処理に取りつかれてしまったアメリカ兵を描いた「ハート・ロッカー」(The Hurt Locker、2008年)でアカデミー作品賞をはじめ6部門に輝いていますが、くわえて女性監督として史上初めてアカデミー監督賞に輝いたことでも知られています。

ビグロー監督が本作の脚本を提案されたのは2014年の秋でした。この年の8月に中西部ミズーリ州ファーガソンで、白人警官が非武装の黒人青年を射殺した容疑で裁かれたが、不起訴となったことが重なったそうです。

「半世紀近く前と同じことが起きていた。米国は何も変わっていない」(2018年1月31日付読売新聞)

そこから「しっかりとリサーチをして事実を知り、その中から正確な判断によって物語を作り上げていくことが必要」(パンフレットより)というビグロー監督。

このリサーチは徹底していて、アルジェ・モーテルで事件に遭遇した3人をコンサルタントとして撮影現場に呼び寄せたことからもうかがえます。「不幸な事件を経験しながらも生き抜いてきた人々との時間を共有できたことです」(パンフレットより)
「ハート・ロッカー」で命の危険と隣り合わせで作業にあたる爆弾処理チームを、緊迫感あふれる映像で表現したビグロー監督の手腕はここでも、「最悪の状況で生命の危険に直面した」人々を正面から描ききっています。40分にもわたる、モーテル内で行われる狂気的かつ執拗な尋問は、観客を事件現場へと引き込んでいきます。

そして、その狂乱の首謀者ともいえる、白人警官のクラウス役のウィル・ポールターは、「観客が絶対に僕のように振る舞いたくないと思えるよう、徹底的に嫌われてやる」(前掲紙)と決意を持って演じたそうです。

気になる逸話がもうひとつ。黒人警備員ディスミュークスを演じたジョン・ボイエガがオーディションで使った台本が「夜の大捜査線」(In the Heat of the Night、1967年)だったそうです。

第40回のアカデミー作品賞をふくめ、 5部門を受けた名作です。黒人のエリート刑事が「黒人だから」という理由で殺人犯とされ、その後この殺人事件を解決に導くという作品で、人種差別がテーマとなっており、封切りもデトロイト暴動の直後の8月という、なんとも絶妙なタイミングとなっています。

19世紀の西部開拓時代、かの地では「黒人とメキシコ人の殺害は殺人罪ではない」という判例も記録されています。もちろん、現在ではこのような判決はないと信じますが、前述のように現在でも、警察官の犯罪が無罪となる例があるので、こうした事例が完全に払拭されたわけではないのです。半世紀前の事件を描いた作品ですが、過去の事件を題材にしながら、現状をも見せる1本です。次回も未定とさせていただきます(敬称略。【ケイシーの映画冗報】は映画通のケイシーさんが映画をテーマにして自由に書きます。時には最新作の紹介になることや、過去の作品に言及することもあります。当分の間、隔週木曜日に掲載します。また、画像の説明、編集注は著者と関係ありません)。

編集注:「デトロイト」は当初、2018年の第90回アカデミー賞作品の有力候補のひとつとみられていたが、2018年1月7日に発表され、アカデミー賞の前哨戦といわれる第75回ゴールデングローブ賞に映画全部門で「デトロイト」はノミネートされなかった。

これに影響を受けたのか、1月23日に発表された第90回アカデミー賞のノミネートでも、「デトロイト」は全部門で選ばれなかった。

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