素人起用に車内撮影と監督の意図を感じる「15時17分」(233)

【ケイシーの映画冗報=2018年3月8日】警備・警護の関係者からうかがったのですが、映画やドラマのように「凄腕のボディガードがあざやかに犯人を押さえつけ、対象者を守る」というのは、あくまで「最後の手段」であって、警備の本質は「襲われない」ことだそうです。職務上、たしかに武装した相手と対峙する可能性はありますが、正しく対処できるかどうかは、実際に遭遇しなければ、「保証の限りではない」そうです。「訓練は訓練」であることは厳然たる事実なのです。

現在、一般公開中の「15時17分、パリ行き」((C)2018 Warner Bros. Entertainment Inc.,Village Roadshow Films (BVI) Limited, RatPac-Dune Entertainment LLC)。監督のイーストウッドがプロの俳優ではなく、事件を未然に防いだ本人3人を主演に起用して描いた。3人はフランス政府からレジオン・ドヌール勲章が授与された。

本作「15時17分、パリ行き」(The 15:17 to Paris、2018年)は、2015年にフランスの高速鉄道の車内で発生した自動小銃による乱射事件を、乗り合わせていたアメリカの若者たちが未然に防いだ「タリス銃乱射事件」を映画化したものです。ポスターには「その時、3人の若者が乗ったのは運命の列車だった。」とあり、まさに「実際に事件に遭遇した」3人を描いた作品です。

スペンサー(演じるのはスペンサー・ストーン=Spencer Stone)とアレク(演じるのはアレク・スカラトス=Alek Skarlatos)は家がとなりで同い年、そしてシングルファザーという生活環境もあって親友という間柄でした。ふたりは中学でアンソニー(演じるのはアンソニー・サドラー=Anthony Sadler)と知り合い、共通の趣味であるサバイバル・ゲームを楽しむなど、友好を深めていきます。高校時代に3人は離ればなれになってしまいますが、インターネットを通じてその友誼(ゆうぎ)は保たれていました。

やがてスペンサーは空軍に入って救急救命士となり、アレクも州軍の兵士としてアフガニスタンで活動していました。ポルトガルに赴任していたスペンサーがアレクを誘い、ふたりは休暇をヨーロッパで楽しむことにして、いまは学生であるアンソニーをこの旅行に誘います。

数年ぶりにローマでそろった3人は、旧交を温めつつバカンスを楽しみます。 8月21日、アムステルダム発パリ行きの国際高速列車タリスに乗った3人は、そこでテロ事件に遭遇するのです。

監督のクリント・イーストウッド(Clint Eastwood)は、これまでに2度のアカデミー監督賞、作品賞を受けており、俳優としても高く評価されています。ここしばらく、イーストウッド監督の作品は、実在の事件、人物が題材となっています。アメリカ海軍特殊部隊の狙撃手を主人公とした「アメリカン・スナイパー」(American Sniper、2014年)や、ニューヨークのハドソン川に不時着水しながら、乗員乗客に死者が出なかった事件を描いた「ハドソン川の奇跡」(Sully、2016年)です。

当然ながら実在の人物、事件を映画化ということで主人公は俳優が演じるわけですが、本作では実際に事件に関わったアメリカ人3人をはじめ、かなりのキャストを当事者たちが演じています。俳優として60年(!?)、監督としても50年近いキャリアを持つイーストウッドですが、チャレンジについては前向きで、「映画のキャスティングを進めていた時、何か思いも寄らないことをしたらどうだろうかと考え続けていた。それで3人に、君たち自分自身を演じてみないか?と言ったんだ」

上記のように学生や軍人たちで、演技についてはまったくの白紙状態、しかも撮影開始は事件から2年後という状況でした。一般的な感覚でいえば、大きな事件の直後に「その現場を再現しろ」というのは、肉体的にも精神的にもハードルは高くなると想像してしまいます。

とくに犯人と格闘し、自身も傷を負いながら、重傷の被害者に救命活動をつづけたスペンサーにとって、かなりのプレッシャーになるかと思いましたが、
「正直言って、これまでの僕の人生で最高に楽しい2カ月だったよ(笑)」とのことで、他の2人も必要以上の緊張はなかったとのこと。むしろ、「“あの日の自分”というキャラクターになりきることをたやすくしてくれた」というアレクのコメントや、「あの日に自分がしたことを繰り返しただけさ」と語るアンソニーの言葉に、実録ものにありがちな気負いを感じることはありません。

これにはイーストウッド監督の気配りも重要だったようで、「プロの俳優にとっても自分自身を演じるのは難しい」ということから、リラックスした環境での撮影を意識していたそうです。(コメントはパンフレットより)

長い友人同士ということで、3人の息はまさにピッタリ、事件の当事者ということや、実際に走る電車内での撮影で照明も自然光がメインという、現実に則した作品で、派手でも華美でもありませんが、「彼らにできるのなら私たちにもできる、ということさ」というイーストウッド監督のメッセージを感じる1本でした。

次回は今年度のアカデミー賞で監督賞・作品賞に輝いた「シェイプ・オブ・ウォーター」を予定しています(敬称略。【ケイシーの映画冗報】は映画通のケイシーさんが映画をテーマにして自由に書きます。時には最新作の紹介になることや、過去の作品に言及することもあります。当分の間、隔週木曜日に掲載します。また、画像の説明、編集注は著者と関係ありません)。

編集注:ウイキペディアによると、「タリス銃乱射事件」は2015年8月21日に発生した、乗客554人を乗せたアムステルダム発パリ行きの高速鉄道タリス車内で、トイレに入ろうとしたフランス人の乗客がトイレ内で自動小銃AK-47の装填音に気づき、出てきたところを取り押さえようとした。しかし、イスラム過激派の男が自動小銃を発砲し、フランス系アメリカ人の乗客が被弾し、重傷を負い、発砲が起きると乗務員は客室の通路を走って乗務員室に逃げ込み鍵をかけた。乗客が乗務員室の扉をたたき開けるよう求めても乗務員は扉を開かなかった。

乗客のアメリカ軍人2人(アレク・スカラトスとスペンサー・ストーン)、アメリカ人大学生(アンソニー・サドラー)、フランス在住英国人ビジネスマン(クリス・ノーマン)が男を制圧し、取り押さえに成功した。アメリカ空軍兵士であるスペンサー・ストーンは犯人にカッターナイフで切り付けられ、首と手を負傷した。犯人を取り押さえたアメリカ人3人は友人であり、幼馴染でもあった。

オレゴン州兵であるアレク・スカラトスが、アフガニスタン駐留から帰国したのを祝っての旅行のため、3人はタリスに乗車していた。犯人はシリアへの渡航歴もあるイスラム過激派の26歳のモロッコ国籍の男で、事件前から情報機関にマークされており、事件当時はAK-47のほかにも複数のナイフや拳銃を所持していた。

スペイン政府のテロ対策機関は、犯人が2014年まで7年間、スペインに居住しており、ベルギーには短期間居住し、フランスを経てシリアへの渡航歴があったことを公表している。

事件後、3人はバラク・オバマ大統領からホワイトハウスに招待され、負傷したスペンサー・ストーンにはパープルハート章とエアマンズメダルが授与された。事件後、兵士は再び軍務に復帰している。

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