“異者”を据えて「おとぎ話」をめざした「ウォーター」(234)

【ケイシーの映画冗報=2018年3月22日】今年度の第90回アカデミー賞において、監督賞と作品賞に輝いたのは、メキシコ出身であるギレルモ・デル・トロ(Guillermo del Toro)監督の本作「シェイプ・オブ・ウォーター」(The Shape of Water、2017年)でした。

現在、一般公開中の「シェイプ・オブ・ウォーター」((C)2017 Twentieth Century Fox)。制作費が1950万ドル(約19億5000万円)、興行収入が今のところ1735万ドル(約17億3500万ドル)だが、アカデミー賞受賞作品となり、今後収入増がもっとも期待できる作品だ。

直訳すると「水のかたち」となる本作のタイトルを最初に見たとき、直感的に想い出したのは、この一文でした。
「Be Water My Friend」(水になれ、友よ)
これは世界的映画スターであり、武術家でもあったブルース・リー(Bruce lee、1940-1973)が語ったものです。

中国人でありながらアメリカの市民権を持っていたブルース・リーは、アメリカ社会でさまざまな偏見と圧力に直面しました。東洋系という人種差別と、おなじ中国系移民から「出生がアメリカというだけでアメリカの俳優として活躍している」といういわば嫉妬の視線です。こうした事情は映画人としての能力とは関係のないものであり、現在ではブルース・リーを否定的にとらえている映画関係者は少数派だと思います。

1962年のアメリカ。政府の研究機関「航空宇宙研究センター」で、清掃員として働くイライザ(演じるのはサリー・ホーキンス=Sally Hawkins)は、巨大な水タンクにおさめられた“不思議な生き物”(演じるのはダグ・ジョーンズ=Doug Jones)と交流を持ちます。アマゾンの奥地で発見されたという“彼”は、水中で呼吸する両棲人間であり、声を出せないイライザと、音とジェスチャーでコミニュケーションをとる知性を持っていました。

低予算の「シェイプ・オブ・ウォーター」は2018年の第90回アカデミー賞で作品賞、監督賞、作曲賞、美術賞の4部門を受賞した。1960年代を舞台にした清掃人のおばさんと半漁人の恋愛物語が、現代においてはひとつの恋愛劇として重要な作品とみなされたわけだ。

ところが、この研究機関は宇宙技術の軍事利用を目的とした施設であり、責任者のストリックランド(演じるのはマイケル・シャノン=Michael Shannon)にとって“彼”は実験材料でしかなく、自身の出世のために“彼”の生体解剖を計画します。それを知ったイライザは“彼”を救うため、脱走計画を決行するのでした。成功したかに見えた脱出行でしたが、ストリックランドの追跡は続き、イライザが犯人と特定されてしまうのでした。

話すことのできないヒロインと人外のモンスターとの「真実と、愛と喪失の物語」(作品の冒頭での表現)という本作の骨子は、文芸大作や実録ものではなく、作中の時間設定も1962年ということで「現在の社会問題を切り取る」といった社会的なテーマとも無縁のように感じられるかもしれませんが、デル・トロは「現代と似た社会情勢を抱える62年を舞台にして“おとぎ話”を作る」と本作の制作意図を語り、こう続けます。

「62年という舞台は現在のアメリカの鏡。でも、現在を舞台にしたら政治討論が始まってしまう。だから『昔むかし??』とおとぎ話にすれば、みんな聴いてくれるというわけなんだ」(パンフレットより)

この作品に登場する人物の多くは、作中ではネガティブな要素を有しています。手話で会話するイライザの隣人である不遇な男性画家は同性愛者として苦しみ、同僚は黒人女性であり、夫婦関係は破綻寸前となっています。“彼”を研究する人物のひとりは、ロシアからのスパイで、祖国から見捨てられつつある存在となっています。

デル・トロは「イライザの周りはみんな「The Others(非主流派)だ』」(パンフレットより)と表現していますが、家族に恵まれ、満たされた生活をしているはずのストリックランドが、じつは暗い情念を内包しているというのも、「エリートの持つ闇の部分」として、リアリティを感じました。誇張はされていても、突出した悪徳の持ち主ではないのです。

この作品で完全に異質な存在といえるのが、モンスターである“彼”なわけですが、モンスター・スーツを着たダグ・ジョーンズの傑出した表現力と、デル・トロ曰く「3年がかりでデザインした」という魅力的な造形がマッチして、「美しくも恐ろしくもあり、蛮性と神の異能を併せ持った、力強くも脆(もろ)い存在」を描き出しています。

その“異者”を真っ正面から表現し、その周辺を個性的で表現力ゆたかなキャストが肉付けし、さらに全編に散りばめられたデル・トロの映画への深い愛情が、観客に「おとぎ話」の力強さを訴えてきます。

本作の「モンスター映画」というくくりは、「アカデミー賞には不向き」といわれ、受賞には難色をしめす事前分析もすくなくありませんでした。こうた下馬評を圧倒し、監督賞、作品賞に選ばれたのも十分に納得できる、すばらしい仕上がりの映画作品と断言できるでしょう。

デル・トロは受賞のスピーチで「わたしはメキシコからの移民です」と語り、出自がアカデミー賞の制約となっていないことを明言しています。存命なら、ブルース・リーも惜しみない拍手を送ったのではないでしょうか。次回は「ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書」を予定しています(敬称略。【ケイシーの映画冗報】は映画通のケイシーさんが映画をテーマにして自由に書きます。時には最新作の紹介になることや、過去の作品に言及することもあります。当分の間、隔週木曜日に掲載します。また、画像の説明、編集注は著者と関係ありません)。

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