泥沼の戦争を続けた国を暴く新聞社の苦悩を描く「ペーパーズ」(235)

【ケイシーの映画冗報=2018年4月5日】本作のタイトルとなっている「ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書」(The Post、2017年)について、これをスクープしたニューヨーク・タイムズ紙(以下タイムズ)が、この国家的スキャンダルを報道するにあたって、タイムズの副社長(当時)であったジェームズ・レストン(James Reston、1909-1995)はこう述べたそうです。

現在、一般公開中の「ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書」((C)Twentieth Century Fox Film Corporation and Storyteller Distribution Co., LLC.)。最初にスクープしたニューヨーク・タイムズではなく、その後追いをしたワシントン・ポストの戦いを、女性社主の姿を中心に描いている。

「これからタイムズは政府と戦う。かなりの圧力が予想される。財政的にもピンチになるかもしれない。しかし、そうなったら輪転機を二階にあげて社屋の一階を売りに出す。(中略)そして最後、最上階の十四階にまで輪転機をあげるような事態になっても、それでもタイムズは戦う??」(杉山隆男「メディアの興亡」、文芸春秋)

このタイムズとライバル関係にあったワシントン・ポスト紙(以下ポスト)が歴代のアメリカ大統領も関わっている一大スクープにどう関わっていくのか。

不慮の死を遂げた夫にかわり、ポストの発行人となったケイことキャサリン・グラハム(Katharine Graham、1917-2001、演じるのはメリル・ストリープ=Meryl Streep)は、知識も経験もないかつての主婦という状況ながら、女性経営者として努力を重ねていました。

ポストの編集主幹であったベン・ブラッドリー(Ben Bradlee、1921-2014、演じるのはトム・ハンクス=Tom Hanks)はジャーナリストとして、一地方紙であったポストを全米屈指の新聞にまで引き上げた一方で、継承でオーナーとなったケイに好意的ではありませんでした。

タイムズがペンタゴン・ペーパーをスクープしたことで、アメリカ全土に政府への批判が集中し、ニクソン大統領(当時、Richard M.Nixon=1913-1994)は国家の機密保護違反として、タイムズに圧力を加えようとします。

資産家の上流階級に育ったケイの人脈を活用して、ペンタゴン・ペーパーの入手を依頼するベンでしたが、ケイは「犯罪行為であり、友情を壊すことになる」といって一度は断りました。やがて、ポストに編集部にもペーパーの情報がもたらされ、ベンは積極的にこれを報道するように進めますが、政府からの圧力、そしてポストの株式が店頭公開される直前というタイミングで、政府に反旗を翻すという状況に、経営者としてのケイは苦しみますが、決断のときは確実に迫ってくるのでした。

監督のスティーブン・スピルバーク(Steven Spielberg)が本作の脚本を2017年の2月に読むとただちに映画化へと動き、メリル・ストリープ、トム・ハンクスといった多忙なスターのスケジュールをおさえ(奇跡的にタイミングがあったとのこと)、5月末には撮影をスタート、11月には完成させていたそうです。

「どうにかしてると思われるだろうが、今すぐこの映画を作らなければならないと思ったよ」(パンフレットより)と語るスピルバーグ監督ですが、まもなく日本でも公開されるSF超大作「レディ・プレイヤー1」(Ready Player One)の作業に関わりながら、本作を監督したそうです。

原型となる脚本(共同)を仕上げたリズ・ハンナ(Liz Hannah) は、テレビシリーズの経験はあるものの、映画の脚本で作品化されるのは本作がはじめてということで、いきなりスピルバーグ監督作品ということになりましたが、彼女をペンタゴン・ペーパーへと引き寄せたのは、キャサリン・グラハムの回顧録「わが人生」(原題・Personal History)を読んだことだそうです。

この著作は刊行された翌年の1998年に伝記部門のピューリッツァー賞を受ける名著となっています。

映画の中では上流階級の婦人としての生活が中心となっていましたが、実際のケイは行動的な女性で、ポストの社長に就いてまもなくの1965年には、アジアを歴訪し、日本にも滞在して昭和天皇(しょうわ・てんのう、1901-1989)にも謁見しているそうです。

このとき、彼女はベトナムの前線も訪れており、「戦場を肌で感じとった」経験があるのでした。そして、ケイのセリフにもあるとおり、実子が兵士としてベトナム戦争に参加していたのです。

ベトナム戦争で戦ったアメリカの元兵士を幾人が存じあげていますが、戦ったことについての意見が共通でした。
「当時(アメリカにあった徴兵制)の義務に従っただけです。戦争の是非は自分には関係ありません」という主旨で、「祖国を信じる」という1点に尽きるといった印象を持ちました。

「その祖国が戦況の厳しさを知りながら明らかにせず、おなじ国の同胞を戦地に送り込んでいた」。その衝撃は自分のような門外漢には想像できませんが、スピルバーグ監督をはじめ、本作に関わった人々の想いは、映画のスクリーンから確実に感じ取れました。次回は「パシフィック・リム:アップライジング」の予定です(敬称略。【ケイシーの映画冗報】は映画通のケイシーさんが映画をテーマにして自由に書きます。時には最新作の紹介になることや、過去の作品に言及することもあります。当分の間、隔週木曜日に掲載します。また、画像の説明、編集注は著者と関係ありません)。

編集注:ワシントン・ポスト紙は1877年にハッチンズ(Stilson Hutchins、1838-1912)によって創刊されたアメリカ・ワシントンD.C.の民主党系の新聞で、発行部数が66万部、USAトゥデイ(211万部 本紙のみ全国紙)、ウォール・ストリート・ジャーナル(208万部)、ニューヨーク・タイムズ(103万部)、ロサンゼルス・タイムズ(72万部)に次いで第5位。

2世代にわたってワシントン・ポスト社を所有していたマクリーン家の破産後に、元FRB(連邦準備制度理事会)議長のユージン・メイヤー(Eugene I.Meyer、1875-1959)が同社を買収し、その娘のキャサリン・グレアム(Katharine M.Graham、1917-2001)が夫のフィリップ・グレアム(Philip Graham、1915-1963)の自殺以降、同社を支配管理した。キャサリン・グレアムは新聞の発行人を1969年から1979年まで務め、1973年から1991年まで社長、1999年から2001年まで会長を歴任した。

息子のドナルド・グレアム(Donald Graham)も1979年から2000年まで発行人を務め、ボイスヒューレット・ジョーンズ・ジュニア(Voicehewlett Jones,Jr.)がワシントン・ポストの発行人及びCEOを務めている。冷戦中には特に容共リベラルな編集方針や記事がアメリカの政権から敵視され、保守派からは「Pravda on the Potomac(ポトマック河畔のプラウダ=旧ソ連共産党の機関誌)」と称された。2013年にオーナーのドナルド・グラハムの15年来の友人である「Amazon.com」の創業者ジェフ・ベゾス(Jeffrey P.Bezos)に買収された。

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