東急プラザでチェルシー6年連続金の石原「盆栽」展

【銀座新聞ニュース=2018年4月11日】庭園デザイン、施工の株式会社石原和幸デザイン研究所(渋谷区南平台町15-13、帝都渋谷ビル、03-6690-8787)は4月12日から22日まで、東急プラザ銀座(中央区銀座5-2-1)の6階キリコラウンジで、石原和幸さんによる「風景盆栽展-春の里山の季節」を開く。

4月12日から22日まで東急プラザ銀座で開かれる石原和幸さんの「風景盆栽展-春の里山の季節」に出品される作品。

庭園デザイナーで、英国の「チェルシーフラワーショー」で9回のゴールドメダルを獲得した石原和幸(いしはら・かずゆき)さんが「里山の風景」をテーマに、自ら所有する風景盆栽コレクションを中心に、2004年から2017年まで「チェルシーフラワーショー」で受賞した作品のパネルや2018年に「チェルシーフラワーショー」に出展予定作品の一部のほか、五葉松盆栽をはじめとする約30作品の盆栽を展示する。

チェルシーフラワーショー (Royal Horticultural Society?Chelsea Flower Show)とは、英国王立園芸協会が主催し、毎年5月にロンドン・チェルシーで開かれる伝統行事で、1913年以来続いている世界最古にしてもっとも権威のあるガーデニング&フラワーショーとなっている。

盆栽つくりに取り組む石原和幸さん。

最初のグレート・スプリング・ショーは1862年にケンジントンのRHSガーデンで開かれ、1913年からチェルシーのチェルシー王立病院に会場が移された。第2次世界大戦中には、チェルシー王立病院の土地が対空対策のため戦時局に必要とされ、ショーは中止され、1947年より再開された。

毎年、チェルシー王立病院の広大な敷地内に、600の出展者がそれぞれのジャンルに分かれた庭園などを出展し、期間中に20万人以上の人々が訪れる。石原和幸さんは2017年にアーティザンガーデン部門で「御所の庭/No wall,No war」を出展し、6年連続でゴールドメダルを受賞した。2018年は5月22日から26日まで開かれ、石原和幸さんは10個目のゴールドメダルをめざして出展する。

ウイキペディアなどによると、石原和幸さんは1958年長崎県長崎市生まれ、久留米工業大学交通機械工学科を卒業、自動車販売会社「マツダオート長崎」に就職し、整備士となり、並行して生け花の本流「池坊」に入門、23歳の頃に勤務先近くの路上販売の生花店に無給で働く。

24歳で独立し、実家に「花風」という花屋を開くも、1982年7月に長崎大水害で全財産である軽トラックが流され、花畑も全滅し閉店した。生花販売店「花泉」に雇われ、商店街の店舗を1人で受け持ち、畳1畳のスペースで月300万円の売り上げを記録した。29歳で再び独立するも、地元の花市場に入る許可が得られず、直接生産者から花を仕入れ、その後、福岡県久留米市の花市場を紹介され、毎日仕入れに通った。

長崎の繁華街・銅座で、自販機置き場など小さなスペースに2年間で30店をオープンし、「花を売らずに、夢を売る」という考えで、時には3000円の花束を長崎から福岡まで自ら届けるなど、採算を度外視し、ファンを増やした。35歳の頃から庭づくりを始め、41歳で大手商社と合弁で東京に進出し、港区白金に本社を置くものの、8億円の負債を抱え、2年で会社をたたんだ。

長崎に戻り、庭づくりと花の販売で借金を返済し、2004年に「チェルシー・フラワー・ショー」に初挑戦し、シルバーギルトを受賞、2005年に長崎市から特別表彰を受け、2006年に「チェルシー・フラワーショー」で初めてゴールドメダル(2007年、2008年も受賞し、3年連続でゴールドメダル。2010年と2011年にシルバーメダル、2012年から2017年までゴールドメダル)、2009年10月に東日本ハウスと業務提携し、同社モデルハウスのデザインや同社ガーデニングセミナーなどを行っている。

2012年3月に羽田空港国内線第1旅客ターミナル内の屋内庭園「花の楽園」を手がけた。2016年にJR大阪駅北側の再開発エリア「うめきた2期」の庭園「うめきたガーデン」の2つの庭園や10万株の花畑をプロデュースした。よしもとクリエイティブエージェンシーとマネジメント契約をしている。

15日13時と16時の2回、石原和幸さんによる盆栽寄せ植えパフォーマンスを開く。

開場時間は11時から23時(日曜日、祝日は21時)。入場は無料。期間中、一部の作品は販売する。

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