馬で戦う過酷な近代戦を身近に感じた「ホースソルジャー」(238)

【ケイシーの映画冗報=2018年5月17日】第1次世界大戦(1914年から1918年)に途中から参戦したアメリカ軍で一番すぐれていたのは、兵器ではなく、戦場に持ち込まれた「トラック」であったという説があります。

現在、一般公開中の「ホース・ソルジャー」((C)2018 BY HS FILM, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.)。制作費が3500万ドル(約35億円)、興行収入が4524万ドル(約45億2400万円)。

鉄道と馬匹にたよっていた他国にくらべ、燃料と道路さえあれば馬よりもはやく、鉄道よりも融通のきくトラックが大きな威力を発揮したわけです。

軍用馬といちはやく決別したはずのアメリカ軍が、ふたたび馬の背に揺られて戦ったという史実を映画化したのが、本作「ホース・ソルジャー」(12 Strong、2018年)です。

2001年9月11日、「全米同時多発テロ」が発生します。ニューヨークの世界貿易センタービルが猛火に包まれる映像を家族と見たアメリカ陸軍特殊部隊“グリーン・ベレー”のミッチ・ネルソン大尉(演じるのはクリス・ヘムズワース=Chris Hemsworth )はその翌日、対テロ作戦への参加を希望します。

ネルソン大尉は、歴戦のハル・スペンサー准尉(演じるのはマイケル・シャノン=Michael Shannon)をはじめとする11人の部隊長として、テロの実行組織であるタリバン(イスラム原理主義組織)が支配するアフガニスタンへと向かいます。

その作戦は、タリバンと対決している北部同盟のドスタム将軍(演じるのはナヴィド・ネガーバン=Navid Negahban)の武装勢力と合流して、その戦闘を支援するというものでした。

ネルソン大尉らの任務は、味方の爆撃機に目標を指示し、ドスタム将軍の部隊を優位にすることでしたが、やがて両者は肩を並べて戦うようになります。しかし、アメリカ軍上層部の指導に反感を持ってしまったドスタムは、タリバンの一大拠点であるマザリシャリフの攻略を目前にして、ネルソンと袂(たもと)を分かってしまいます。
自分たちだけでタリバンと戦うことを決意するネルソン大尉。騎馬で突撃するという前世紀の戦法で、戦車やロケット砲をもつタリバン勢力に挑んでいくのでした。

じつは自分にとって、この作品は感慨深いものがありました。本作の舞台である2001年の数年後、アメリカの砂漠地帯に滞在したことがあるのですが、その土地の気候がアフガニスタンに近いということだったのです。

日中気温は40度を超えるので、炎天下で金属に触れるとその熱さでおどろくほどなのですが、湿度10%ほどと低く、汗をかいても乾いてしまうため、汗まみれではなく塩まみれという状態でした。アフガンは夜間に零下になるというのですから、寒暖の差は相当です。

日本ではありえない乾燥地帯のため、同道した日本人の皮膚はガサガサでした。しかし「アフガンは高地ですから、空気もうすく、もっと過酷ですよ」とのことでした。
そんな過酷な戦場に赴く決意をしたネルソン大尉ですが、実戦経験はないものの、指揮官としては部下から信頼されており、歴戦のスペンサー准尉のほか、戦塵にまみれた部下とともに馬に乗って戦場を駆け抜けるのです。

状況も過酷なものでした。アフガニスタンの人々は常に戦乱とともにあったのです。1839年から1919年まで、3度にわたって英国と戦い、1978年から89年までは旧ソ連軍が相手でした。150年近くも戦乱が続いたのにくわえて、国内での勢力争いも活発なのです。

多民族国家でイスラム教の各宗派が混在し、名誉をたっとび、復讐心を重んじるという価値観から、派閥同士でいさかいが起こると、何世代にもわたって遺恨と戦いが続いてしまうのだそうです。作中でも、ドスタム将軍が自分の家族を殺したタリバンに対し、激しい憎しみを見せます。

それとは逆に、戦い続けてきた人々ということもあって、機を見るに敏という一面もあり、実在するドスタム将軍もひじょうに計算高いと伝えられています。クライマックスでネルソンたちが無茶を承知でタリバンの大部隊に向かっていくことに難色を示すのも、当然だったのです。

では、無味乾燥かというとそうではなく、一度、信頼関係を構築したネルソンとドスタムの絆は決して弱くありませんし、ネルソンの部下のひとりに、少年兵の“護衛”が張りつくという情景があります。

鍛え上げた特殊部隊員が少年兵に守ってもらう必要はないのですが、かれは決して離れようとしません。これは「客人は徹底してもてなす」という現地のしきたりによるもので、少年はそこに忠実だったのです。

さいごにひとつだけ。もとグリーン・ベレーだったという方を幾人か存じあげていますが、みなさん好人物でした。いきなりあらわれた外国人でありながら、アフガンの人々とたちまち意気投合していくのも、個人的には十分に納得できることです。次回は「ランペイジ 巨獣大乱闘」を予定しています(敬称略。【ケイシーの映画冗報】は映画通のケイシーさんが映画をテーマにして自由に書きます。時には最新作の紹介になることや、過去の作品に言及することもあります。当分の間、隔週木曜日に掲載します。また、画像の説明、編集注は著者と関係ありません)。

編集注:「ホース・ソルジャー」は2001年10月以降に開始されたアフガニスタンのタリバン政権への軍事作戦を描いている。原作がダグ・スタントンの「ホース・ソルジャー 米特殊騎馬隊、アフガンの死闘」で、総勢5万人のタリバン軍にわずか12人で、馬に乗って戦ったアメリカ陸軍特殊部隊員の実話を映画化している。

ウイキペディアによると、批評家の見解の要約として「『ホース・ソルジャー』には優れた俳優たちと高尚な制作意図、スリル、実話に基づく物語がある。それらのお陰で、本作は深みのなさと大味感という欠点を相殺できている」としている。