「裏NO庭銀座店」で松阪牛食べ放題、ステーキ等

【銀座新聞ニュース=2018年5月15日】居酒屋「佐渡島へ渡れ」や「竹庭」など34店舗を展開する株式会社ディー・アール(港区浜松町2-10-10、第2小林ビル、03-5733-0430 )は5月15日から「裏NO庭 銀座店」(中央区銀座3-4-17、銀座オプティカビル、03-3562-9962)などで「松阪牛食べ放題」をはじめる。

「裏ノ(NO)庭銀座店」などで1日5組限定で提供される「松阪牛食べ放題」のメニュー。

1日5組限定で、A5ランクの松阪牛ステーキなど松阪牛を使ったメニューを2980円(税別、90分制、通常3980円)で食べ放題になる。

肉寿司(松阪牛ローストビーフの握り、炙り鶏わさびの握り、牛タンの炙り寿司)、松阪牛のローストビーフ、松阪牛のとろ肉ステーキの3種が食べ放題の対象で、ワンドリンク、ワンフード以上の注文が必要となる。

「裏ノ(NO)庭銀座店」は2009年10月に開店している和食店で、2980円で提供するのはいずれも銀座以外で、「裏NO庭 恵比寿店」をはじめ「豚平魚吉 上野店」など7店で実施する。

ウイキペディアによると、松阪牛(まつさかうし)は、但馬牛など全国各地から黒毛和種の子牛を買い入れ、三重県松阪市及びその近郊で肥育された牛をいう。日本3大和牛(近江牛、神戸牛、前沢牛、米沢牛、松阪牛の5種類が対象で、どれを3大とするかは決まっていない)の1つであり、霜降り肉になっているのが特徴とされている。

2002年8月19日以前は「松阪牛」のすべてが高級銘柄牛肉であり、そのため「松阪牛」という単語自体が高級牛肉の意味を持つこともあったが、以後は区域内の生産であれば格付けが低いものまで「松阪牛」と呼ばれ、すべてが最高級とは限らなくなっている。

江戸時代には、農耕用の役牛として但馬国(兵庫県但馬地方)の雌牛(但馬牛)を飼育していた。明治になり、西洋文化の影響で牛肉食が始まると、1905(明治38)年頃までに、農耕用を退役した牛が肉牛として売られるようになった。その後、役牛から肉牛へのシフトが進み、1935(昭和10)年に東京で行なわれた「全国肉用牛畜産博覧会」で名誉賞を受賞し、全国的に知られるようになった。

戦後は1949年に松阪肉牛共進会が開始され、品評会に優秀な肉牛が出品されて松阪牛の名声を高めた。一方で、日本食肉格付協会の枝肉格付けが最上級のA-5とB-5のもののみを「松阪牛」と認定し、品評会向け以外に一般に流通するものにも厳格な品質を貫いた。高度成長期以降より、松阪牛は次第にブランド牛肉として認知されるようになっていった。

2001年に発生したBSE問題や産地偽装事件への対応のため、2002年には子牛の導入から出荷までを管理する「松阪牛個体識別管理システム」が発足し、これに登録した肉牛を松阪牛とした。一方で、2002年8月19日の規約改訂により、「松阪牛」の定義から枝肉格付けが削除され、格付けが最低のC-1であっても「松阪牛」と名乗れるようになった。

現在の松阪牛は、特産松阪牛が全体の6%しかなく、残りの94%を規約改訂前の基準では松阪牛と呼称することが許されなかった牛肉が占めている。また、素牛は最高品質とされる但馬牛や淡路ビーフ(淡路島で生育した但馬牛)のみであったが、規約改訂後は九州産の但馬牛系の牛(純粋な但馬牛ではない)を素牛として飼育する畜産農家が増えている。

松阪牛とは「黒毛和種」の「未経産(子を産んでいない)雌牛」で、2004年11月1日時点での三重県・中勢地方を中心とした旧22市町村、および、旧松阪肉牛生産者の会会員の元で肥育され、松阪牛個体識別管理システムに登録している牛をいう。現在では素牛の産地や枝肉の格付に関係なくシステムに登録した牛は松阪牛となるが、独自の基準で以下のような表示がなされる。

1)特産松阪牛は但馬系の黒毛和種の雌牛を900日以上肥育したもの、2)金は肉質等級が5、3)銀は肉質等級が4、というもので、2002年8月19日の規約改訂前の松阪牛に該当するのは、「特産松阪牛」かつ「金」の枝肉のみである。

子牛を買い入れた後、肥育農家にて3年程度肥育する。肥育は牛舎で主に穀物類を与え、放牧を行うことはない。また、一部にはビールを飲ませることもある。肥育末期に摂食量が落ちる「食い止まり」という現象への対処のためで、ルーメン(第1胃、瘤胃)内の発酵状態を改善する作用が食欲増進に通じ、より肉付きを良くするのが目的とされている。

営業時間は17時から24時(金・土曜日、祝前日は5時)。休みはなし。前日までに電話で予約する。また、別途お通し(300円)がつく。

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