銀座ロフトでミッキーデビュー90年イベント

【銀座新聞ニュース=2018年8月23日】大手流通グループ、セブン&アイ・ホールディングス傘下の株式会社そごう・西武(千代田区二番町5-25、二番町センタービル)グループの生活雑貨店「ロフト」をチェーン展開する株式会社ロフト(千代田区二番町5-25、二番町センタービル、03-5210-6210)は8月23日から9月12日まで銀座ロフト(中央区銀座2-4-6、銀座ベルビア館、03-3562-6210)6階の特設会場で「MICKEY GOODS COLLECTION SPECIAL POP UP SHOP」を開いている。

8月23日から9月12日まで銀座ロフトで開かれている「ミッキー・グッズ・コレクションスペシャルポップアップショップ(MICKEY GOODS COLLECTION SPECIAL POP UP SHOP)」で販売されているグッズグッズ((C)Disney)。

ロフトは全国のロフト108店で20日から、1928年11月18日のミッキーマウス(Mickey Mouse)のスクリーンデビューから90年になるのを記念して「ミッキー・グッズ・コレクション(MICKEY GOODS COLLECTION)」を開いているが、銀座ロフトではそれに加えて、秋冬のミッキーマウスの新商品を集めたアニバーサリーイベントを開く。

また、銀座ロフトでは会場にフォトスポットも登場し、対象商品を購入したお客に先着でミッキーマウスデザインの限定ショッパーをプレゼントする。

「ミッキー・グッズ・コレクション」ではミッキーマウスの歴史を「ビンテージ」と「グラフィカル」、さらに「シャイニング」の3つのテーマに分け、雑貨にアレンジして販売している。

懐かしくて新しいミッキーの原点で、デビュー当時のスタイルをリスペクトして新たにデザインを描きおろしたシリーズ。

「ビンテージ」では、懐かしくて新しいミッキーの原点とし、デビュー当時のスタイルをリスペクトして新たにデザインを描きおろしたシリーズで、1920年代のアメリカの雰囲気を感じるコレクションを販売している。具体的にはトートバッグ、ポーチやパスケース、ステーショナリーなどだ。

「グラフィカル」はイラストレーターの長場雄(ながば・ゆう)さんが描く、いまの空気感をまとったミッキーマウスのコレクションで、白地にシンプル線で描かれたミッキーは、自由でキュート、楽しい気分にさせてくれる表情としている。具体的には、スマホケース、キーホルダーやステーショナリー、カップなどだ。

長場雄さんは1976年東京都生まれ、東京造形大学を卒業、「ポパイ」の表紙イラストをはじめ、広告、書籍、アパレルなどのイラストで活動している。

「シャイニング」はいつも夢と希望を運んでくるミッキーマウスの姿を未来的なイメージで表現したコレクションで、ホノグラムやグラデーション、光のマジックに浮かび上がるミッキーをあしらったクリアな素材感で、バッグやポーチ、Tシャツ、キーホルダーなどがある。

ウイキペディアによると、ミッキーマウスはウォルト・ディズニー(Walt Disney、1901-1966)とアブ・アイワークス(Ub lwerks、1901-1971)が生み出し、1928年11月18日にスクリーンデビューしたアメリカ文化のシンボル的キャラクターだ。1927年にニューヨークの映画プロデューサーで配給業者でもあるチャールズ・ミンツ(Charles Mintz、1889-1939)は「オズワルド・ザ・ラッキー・ラビット」の制作をウォルト・ディズニーに指示し、ユニヴァーサルで配給され、成功を収めた。

このためディズニー側は制作費の値上げを求めたが、拒否され、キャラクターの所有権もユニバーサル側にあるとなり、交渉が決裂し、ディズニーは契約更新を拒否される。ミンツによる従業員引き抜き工作も起こり、ウォルトとアブはオズワルドに関するすべての権利に加えて、有能なアニメーターを手離すこととなった。ウォルト・ディズニー、アブ・アイワークス、ウィルフレッド・ジャクソン(Wilfred Jackson、1906-1988)は「オズワルド」を制作しながら、別作品の企画を余儀なくされ、この別の企画でミッキーマウスが生まれた。

新企画の第1作はチャールズ・リンドバーグ(Charles Augustus Lindbergh、1902-1974)に因んだ「フィリックスのノンストップ飛行」のパロディ「プレーン・クレイジー(飛行機狂)」で、第2作が「ギャロッピング・ガウチョ」だが、どちらもサイレントで配給ルートも得られず相手にされなかった。1928年11月18日に第3作アニメー映画「蒸気船ウィリー」がトーキーで成功し、当時ウォルトが声優を務めていたが、その後映画はシリーズ化され、ミッキーは一躍人気キャラクターとなった。

1939年の「ミッキーの猟は楽し」以降キャラクターデザインが変更さ、それまでは黒目がちであったが、白目が付いて、黒目が小さくなった。また、眉毛もなかったが、表情が付けにくいため、眉毛が付いた。

アメリカの著作権法は「ミッキーマウス保護法」とも呼ばれ、「ミッキーマウス」および他の「キャラクター名」や「作品名」も含め一律に「商標」として保護され、半永久的に保持できるため、たとえ著作権が切れたとしても(その他の知的財産権が残るため)、商標権に抵触するような使い方には無断ではできない。

ただ、商標権の侵害となるのは商品の目印となる使い方であり、たとえば商用目的であろうと著作物の題号については商標権が行使できないため、ミッキーマウスを題号に含んだ作品の販売は商標権の侵害にはあたらず自由である。また作中でのミッキーマウスの登場など商品の識別にならないような使い方では商標権の侵害になることはない。商標権があるから、商用目的で一切使えないというのは誤解という。

著作権は日本では1953年以前の映画で団体名義の場合著作権が有効なのは公表後50年である(アメリカの戦前作品は戦時加算により約10年延長)。ミッキーマウスが初登場した「蒸気船ウィリー」は保護期間が1989年前後に終わっていると推定される。日本では実際に「ファンタジア」や「ダンボ」などをアプロック社がパッケージに「パブリック・ドメイン」と明記した上で販売している。

ディズニー社は「法令遵守で厳正」なことが評価されているため、各国のコンプライアンスに重点を置いており、アプロック社がパッケージにする際も「ディズニー映画を出しているブエナビスタ社に事前に『出す』旨を宣言した。『やめてくれ』と言われなかった」と証言している。

ウォルト・ディズニー・ジャパン社は「著作権に関する方針や見解は公表しない」との方針を採っており、自社のウェブサイトでもキャラクターや作品に対する知的財産権の方針を明確にしていない。

営業時間は11時から21時。

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