丸善日本橋が文化勲章作家展、田崎広助、小野竹喬ら

【銀座新聞ニュース=2018年10月7日】大手書籍販売グループの丸善CHIホールディングス(新宿区市谷左内町31-2)傘下の丸善ジュンク堂書店(中央区日本橋2-3-10)が運営する丸善・日本橋店(東京都中央区日本橋2-3-10、03-6214-2001)は10月10日から16日まで3階ギャラリーで「文化勲章受章作家版画展」を開く。

丸善・日本橋店で10月10日から16日まで開かれる「文化勲章受章作家版画展」に出品される横山大観「蓬莱山」(リトグラフ、1928年)。

丸善・日本橋店恒例の秋の文化勲章受章作家版画展で、今回も横山大観(よこやま・たいかん、1868-1958)をはじめ、上村松園(うえむら・しょうえん、1875-1949)、梅原龍三郎(うめはら・りゅうざぶろう、1888-1986)ら文化勲章受賞作家の版画作品を展示販売する。

出品されるのは1937年の第1回文化勲章の受章者の横山大観、1948年に女性として初めて文化勲章を受章した上村松園、1952年に文化勲章を受章した梅原龍三郎のほか、1955年に文化勲章を受章した前田青邨(まえだ・せいそん、1885-1977)、1962年に文化勲章を受章した奥村土牛(おくむら・どぎゅう、1889-1990)。

1969年に文化勲章を受章した東山魁夷(ひがしやま・かいい、1908-1999)、1970年に文化勲章を受章した棟方志功(むなかた・しこう、1903-1975)、1972年に文化勲章を受章した岡鹿之助(おか・しかのすけ、1898-1978)、1974年に文化勲章を受章した杉山寧(すぎやま・やすし、1909-1993)、1975年に文化勲章を受章した田崎広助(たさき・ひろすけ、1898-1984)。

1975年に文化勲章を受章した中川一政(なかがわ・かずまさ、1893-1991)、1976年に文化勲章を受章した小野竹喬(おの・ちっきょう、1889-1979)、1980年に女性画家として2人目の文化勲章を受章した小倉遊亀(おぐら・ゆき、1895-2000)、1982年に文化勲章を受章した高山辰雄(たかやま・たつお、1912-2007)、1983年に文化勲章を受章した小磯良平(こいそ・りょうへい、1903-1988)。

1983年に文化勲章を受章した奥田元宋(おくだ・げんそう、1912-2003)、1986年に文化勲章を受章した荻須高徳(おぎす・たかのり、1901-1986)、1989年に女性画家として3人目の文化勲章を受章した片岡球子(かたおか・たまこ、1905-2008)、1998年に文化勲章を受章した平山郁夫(ひらやま・いくお、1927-2004)、2003年に文化勲章を受章した加山又造(かやま・またぞう、1927-2004)ら。

2013年に文化功労者を選ばれた上村淳之(うえむら・あつし、1933年生まれ)さん、千住博(せんじゅ・ひろし、1958年生まれ)さん、1967年に文化勲章の内示を辞退した熊谷守一(くまがい・もりかず、1880-1977)らも出品する。

ウイキペディアによると、文化勲章は当時の首相広田弘毅(ひろた・こうき、1878-1948)の発案により、1937年の文化勲章令をもって制定された。毎年11月3日に親授式が皇居宮殿松の間で行われ、天皇から直接授与(親授)されるが、1997年以前は天皇臨席のもとに内閣総理大臣が勲記と勲章を手交する伝達式の形式で行われていた。

そのため、以前は同じく宮中伝達式により授与される旧勲2等と同位に位置づけられていたが、現在では天皇親授により授与される大綬章(旧勲1等)と同位に位置づけられている。

文化庁文化審議会に置かれる文化功労者選考分科会の意見を聞いて文部科学大臣が文化功労者のうちから選んで、毎年度5人程度を首相に推薦し、内閣府賞勲局で審査したうえ、閣議決定する。慣例として、その年にノーベル賞を受賞した者で文化勲章未受章である者には、文化勲章が授けられる。

文化勲章には金品等の副賞は伴わないが、1951年に文化功労者顕彰制度が創設され、前年度までの文化勲章受章者で存命者を一斉に文化功労者として顕彰するとともに、以後も文化勲章受章者は同時に文化功労者でもあるように運用しているため、文化勲章受章者は文化功労者年金法に基づく終身年金が支給される。

開場時間は9時30分から20時30分(最終日は17時)。入場は無料。

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