広島TAUで広電グッズ、被爆電車模型やカープコラボ商品等

【銀座新聞ニュース=2018年11月1日】広島県(広島県広島市中区基町10-52、082-228-2111)は11月1日から30日までアンテナショップ「TAU」(中央区銀座1-6-10、銀座上一ビルディング、03-5579-9952)2階特設コーナーで「広島電鉄の路面電車グッズ」を販売している。

「たう(TAU)」で11月30日まで開かれる「広島電鉄の路面電車グッズ」で販売されている、1945年8月6日に原爆投下により被爆した電車「650形」の模型。

広島県の鉄軌道事業者「広島電鉄株式会社(広電、ひろでん)」の路面電車開業日である11月23日に合わせて、広島電鉄の電車グッズを販売している。広島県内でしか買えない文房具類や鉄道模型、カレンダー、また、広島東洋カープとのコラボ商品も扱っている。

路面電車グッズは下敷き、クリアファイル、マスキングテープなど、電車模型は鉄道コレクションとして被爆電車「650形」や最新車両「1000形」をそろえ、2019年カレンダーも販売している。また、広島東洋カープとのコラボ商品としては、パスケース、クリアファイル、鉛筆などがある。

ウイキペディアなどによると、広島電鉄は広島県を主たる事業対象地域としている鉄道・軌道事業、バス事業、不動産事業を行う会社で、1942(昭和17)年4月10日に広島瓦斯電軌(現広島ガス)より分離して設立された。日本最大の路面電車事業者で、中四国地方最大のバス事業者でもあり、現在は電車事業、バス事業、不動産事業が広電の事業の3本柱になっている。

前身の「広島電気軌道株式会社」は1910(明治43)年6月18日に設立され、1912(明治45)年11月23日に広島市内で電車事業を開業し、2018年で106年目となる。1917(大正6)年8月2日に広島瓦斯と合併して「広島瓦斯電軌」となり、1922(大正11)年8月22日 に宮島線(己斐-草津間)を開業、1925(大正14)年7月に汽船による宮島連絡を開始し(1931年廃止)、1929(昭和4)年4月に広島乗合自動車の株式を取得し、経営に参画、バス事業を始め、10月から直営で己斐-宮島間のバス事業を開業した。

1938(昭和13)年2月1日に広島乗合自動車を合併し、自動車部を設置、1942(昭和17)年4月10日に「広島瓦斯電軌」から運輸事業を分離して「広島電鉄」を設立、ガス部門は旧社名の広島瓦斯に戻した。1945(昭和20)年8月6日に広島市への原爆投下により、市内線全線不通になるも、8月9日に一部区間で市内電車運行を再開した。

1949年6月に広島証券取引所に株式を上場、1957年7月10日に広島交通(タクシー会社、現在のバス会社とは別)を買収、1958年4月1日に市内電車と宮島線直通運転を開始、1961年2月1日に広電不動産を設立、6月1日に「やまとタクシー」に資本参加、1962年11月28日に備北交通に資本参加、1963年4月1日に広島交通と銀鱗タクシーが合併して「広電タクシー」が発足された。

1963年9月1日に軌道内への車両乗り入れが許可され(1971年12月1日に公安委員会により軌道敷内自動車乗り入れ禁止)、1969年7月16日に不動産部を創設し、不動産事業に本格参入した。1971年9月10日に広島バスに資本参加するも、1973年に独占禁止法の問題が起こり、同意議決し、後日、合意内容に基づき株式を増岡組に譲渡した。2000年3月に東京証券取引所第2部に上場、2012年3月9日に広島バスの保有する芸陽バス株の株式譲渡により「芸陽バス」を連結子会社化し、4月1日に呉市営バスから全路線を移管され、呉市営バスは3月31日限りで事業廃止した。

軌道電車事業は,軌道事業の広島市内を運行する市内線(軌道区間6路線)19.0キロと鉄道事業の広電西広島と広電宮島口間の宮島線(鉄道区間1路線)16.1キロを合わせた,計35.1キロを営業し、全線複線で運行系統が8系統になり、1日平均約15万5000人の利用がある(市内線10.6万人、宮島線4.8万人)。

営業時間は10時30分から20時。