アイスマニア協が銀座三越でアイス8000個無料配布

【銀座新聞ニュース=2018年11月12日】2014年3月に設立された一般社団法人「アイスマニア協会」(港区芝3-23-1、セレスティン芝三井ビルディング、03-4571-2536)は11月15日に銀座三越(中央区銀座4-6-16、03-3562-1111)の9階銀座テラスで、8000個のアイスクリームを無料で配布する。

日本アイスマニア協会が11月15日の「冬アイスの日」に銀座三越で、8000個のアイスクリームを無料で配布し、当日トークショーを開く代表理事のアイスマン福留さん。

「アイスマニア協会」が11月15日を「冬アイスの日」とし、2017年は有楽町で6000個を無料配布したのを、2018年は13時から20時まで銀座三越で「冬アイス市場の活性化」をめざして、アイスメーカー、コンビニの協力を得て、未発売の商品やこの冬一押しの冬アイスなど8000個を無料で来場者に配布する(1人1個で、種類は選べない)。

当日はアイスメーカー各社の担当者が商品の魅力を説明し、「アイスマニア協会」の代表理事を務めるアイスマン福留(あいすまん・ふくとめ)さんによるトークショーを開く。また、フォトスポットとして「お菓子なクリスマスハウス」も登場する。

アイスクリーム業界では、「アイスクリームの日」が1965年に「5月9日」と定めた。これは当時の東京アイスクリーム協会(現日本アイスクリーム協会)が1964年5月9日に、アイスクリームシーズンとなる連休明けの時期であるこの日に記念事業を行い、諸施設へアイスクリームをプレゼントしたこと制定した。

これに対して、「アイスマニア協会」の代表理事で、アイス評論家のアイスマン福留さんらが中心になって、11月15日を「冬アイスの日」を制定した。これが11月は「立冬」を迎える月であり、アイスクリームの成分規格における分類で、乳固形分15.0%以上を「アイスクリーム」とすることから、15日を選んだとしている。

日本アイスクリーム協会によると、アイスクリームは乳成分の量によって、アイスクリーム、アイスミルク、ラクトアイス、氷菓の4つに分けられる。これらの定義と成分規格は、食品衛生法にもとづく「乳及び乳製品の成分規格に関する省令」と「食品、添加物等の規格基準」の2つの法律によって定められている。

アイスクリームは乳固形分15.0%以上で、うち乳脂肪分8.0%以上をいう。アイスミルクは乳固形分10.0%以上、うち乳脂肪分3.0%以上をいう。ラクトアイスは乳固形分3.0%以上で、乳脂肪分は含まれていない。これ以外のものを氷菓といい、乳固形分は乳固形分3.0%未満で、果汁などを凍らせたアイスキャンディーやかき氷などがあたる。
日本アイスクリーム協会によると、可食部100グラム当たりのカロリーはアイスクリームが乳脂肪分が12%の場合212キロカロリー、8%の場合、180キロカロリー、アイスミルクが167キロカロリー、ラクトアイスが高脂肪で224キロカロリー、低脂肪で108キロカロリー、氷菓(シャーベット)が127キロカロリーとなっている。

国内の市場(4種類の合計)は2010年に4000億円を突破し、2012年から増え続けており、2014年が前年比0.9%増の4369億円(うち、アイスクリームが1365億円、ラクトアイスが1430億円)、2015年が同6.4%増の4647億円(同1427億円、1515億円)、2016年が同6.3%増の4939億円(同1546億円、1566億円)と5000億円に近付いている。

ウイキペディアによると、16世紀初頭にパドヴァ大学のイタリアの学者、マルク・アントニウス・ジマラ(Marcantonio Zimara、1475-1535)が常温の水に多量の硝石を溶かすと溶解熱により吸熱し、冷却することを発見した。16世紀中ごろにはイタリアの舞台デザイナー、建築家、ベルナルド・ブオンタレンティ(Bernardo Buontalenti、1531-1608)が氷に硝石を加えることでマイナス20度程度まで温度が下がることを発見した。この原理を利用して人工的に食品を凍結させるという技術が可能となり、その水溶液から硝石は何度でも回収できた。

現在のアイスクリームの原型は16世紀中ごろ、フィレンツェでブオンタレンティがメディチ家のために創作したセミフレッドのズコットとされている。フランスのオルレアン侯アンリ(後のアンリ2世、Henri2 de France、1519-1559)に嫁いだメディチ家のカテリーナ・デ・メディチ(Caterina de’Medici、1519-1589)が、菓子職人とともにフランスに持ち込んだとも言われるが、根拠がないという意見もある。

1686年シチリア出身のフランチェスコ・プロコピオ・ディ・コルテッリ(Francesco Procopio dei Coltelli、仏名フランソワ・プロコープ、Francois Procope、1651-1727)がパリでカフェ「ル・プロコープ」を開店し、1720年、シチリアの氷菓グラニータをアレンジしたグラス・ア・ラ・シャンティ(glace a la chantilly)を売り出した。これはホイップクリームを凍らせた氷菓であったが、アイスクリームの商業的成功の最初の例と見なされている。

英国には1624年、カトリーヌの孫アンリエット・マリー(Henrietta Maria of France、1609-1669)がチャールズ1世(Charles 1、1600-1649)の元に嫁いだときにジェラート(アイスクリーム)職人を伴い、伝わったとされる。チャールズ1世の宴会でフランスの料理人ド・ミレオによって作られ、賞揚されたという。チャールズ1世は、アイスクリームの製法を秘密にし、王にだけアイスクリームを提供する見返りに、アイスクリーム職人に一生年金を与えたという伝説がある。

しかし、この逸話は19世紀以前の文献には現れず、アイスクリーム売りによる創作とされている。このころまでのアイスクリームにはまだ乳製品をほとんど使用してなく、代わりにメレンゲを使用したシャーベットに近いものであったとされている。

初期のアイスクリームは、冷たいボウルの中で手によって造られた。このため、製造は大変に困難で、これを改良する発明は主に18世紀に移民によってアイスクリームが伝わったアメリカで生まれた。

1846年、アメリカのナンシー・ジョンソン(Nancy Johnson) という主婦によって「手回し式アイスクリームフリーザー」というかく拌機が発明された。1851年にはメリーランド州ボルチモア市の牛乳屋ヤコブ・フッセル(Jacob Fussell、1819-1912)が余った生クリームを処理するために世界初のアイスクリーム製造工場を造った。

この後、アイスクリームは量産品と、生洋菓子に分かれ、量産品のアイスクリーム製造は、アメリカがさかんで、一方、1867年にドイツで製氷機が発明されると、この冷凍技術と酪農の発達に伴い、アイスクリームの工場生産時代を迎えたとされている。

ただし、当日、アイスをもらうには、事前にチケットサービス「パスマーケット(PassMarket)」(https://passmarket.yahoo.co.jp/event/show/detail/01mi2ezw9eae.html)で入場券を確保し、スマホで画面を提示するか、入場券を印刷する。

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