主人公を通じてお金の存在を問いかけた「億男」(250)

【ケイシーの映画冗報=2018年11月15日】前回はお休みを頂戴いたしました。予想外の事態というものが存在することを実感した数週間であり、「喪主」という立場も初めて担当いたしました。

現在、一般公開中の「億男」((C)2018映画「億男」製作委員会)。

お弔いという事態が非日常であることは、それなりに理解していたつもりでしたが、その状況に直面すると、事前のイメージとは異なっていたことも実感しました。

その最たるものが金銭感覚です。さほど豪奢(ごうしゃ)なお弔いではなかったつもりですが、亡父が“現役”の仕事人であった関係から、かなりの金額がやりとりされてました。

“買い物”なら、代金を支払って何かを受け取るわけですが、まだ実体化していない“お式”に支払いをするというのは、意外な経験でした。

その経緯もあって、少々時機を逸してしまったかもしれませんが、「新感覚マネーエンターテインメント」と表現されている「億男」をとりあげさせていただきます。

大倉一男(おおくら・かずお、演じるのは佐藤健=さとう・たける)は、親族の残した3000万円の借金を返済するために妻子と離れ、昼夜を問わず働き続ける日々を送っていました。

そんな一男でしたが、偶然手に入れた宝くじが大当たりして、3億円の現金を手にします。とりあえず全額を銀行に預けた一男は、学生時代の友人で、現在はネットビジネスで巨万の富を得た古河九十九(ふるかわ・つくも、演じるのは高橋一生=たかはし・いっせい)に相談をもちかけます。

九十九は悩む一男に「まず、使ってみろ」といい、3億円を現金で引き出すようにアドバイスしました。そのままふたりは、パーティーに突入、場馴れした九十九に対し、絢爛豪華(けんらんごうか)な情景に戸惑っていた一男でしたが、アルコールとその場の雰囲気にのまれていくのでした。

酔いが醒めた一男は、残骸のようなパーティー会場にたったひとりで取り残されていました。預けたはずの3億円は消え、九十九の姿もありません。

唯一の手がかりはパーティーで知り合った若い女性、あきら(演じるのは池田エライザ=いけだ・えらいざ)でした。“お金”に関する嗅覚に長けたあきらに導かれるように、一男は九十九とビジネスパートナーであった、若き億万長者をたずねていき、「お金」の実像に触れていくことになります。

原作は、2016年最大のヒット映画「君の名は。」(監督・新海誠=しんかい・まこと)の企画・プロデュースで作品全体の舵取りをおこなった川村元気(かわむら・げんき)による小説です。川村はヒット映画のプロデュースをしつつ、小説や映画の脚本も手がけており、異なったジャンルで異彩をはなっています。

発想のきっかけを、川村はこう話しています。
「僕たちにとって『お金とはどういう存在なのか』と。お金の有無で幸せになれるのか、不幸せになるのか。お金と幸せの関係、その正体を知りたかったんです」(情報誌「ビザ(VISA)」2018年11月号)。

劇中、九十九が一男に“1万円札”のサイズや重さに触れ、「1円玉と1万円札の重さは1グラム」と語ります。これも川村は実際に重さやサイズを計ったそうです。

ネットビジネスでの成功という現代的なテーマの一方で、本作の重要なモチーフとなり、学生時代の九十九が得意だったという人情落語の「芝浜」に親しみがあったことも影響しています。一男と九十九は大学の“落語研究会”で一緒だったという設定なのです。

この組み合わせには強く、惹かれました。亡くなった父が落語好きで、素人ながら人前で演じたりしていたので、私も「門前の小僧・・・」の典型で、落語には親近感を持っております。

「芝浜」は、腕はいいが酒癖の悪い魚屋の主人が大金を拾って大喜び、どんちゃん騒ぎをしたあげく、「拾ったお金などない。夢でも見たのか」と女房に言われ、改心して本業に精を出す、というストーリーです。

古典落語の名作ということで、さまざまな解釈が存在します。「大金なんて持つな」や「あぶく銭はよくない」といった説もありますが、物々交換から通貨へと商活動が変化したことによる恩恵も当然、あるのです。

江戸の都市生活者(給与所得者である武士や、賃金で生活する職人や商人)は、お金と無縁では生きられません。

こうした事情から、落語には、お金に関するネタがすくなくありません。小ネタ(落語界では“くすぐり”)が豊富です。ひとつ、ご紹介しましょう。

どんな上の句でも、これが続くと一気に実情が出るという下の句があります。「それにつけても金の欲しさよ」、おあとがよろしいようで。次回は「ボーダーライン:ソルジャーズ・デイ」を予定しています(敬称略。【ケイシーの映画冗報】は映画通のケイシーさんが映画をテーマにして自由に書きます。時には最新作の紹介になることや、過去の作品に言及することもあります。当分の間、隔週木曜日に掲載します。また、画像の説明、編集注は著者と関係ありません)。