きれいごとではすまない現実を描いた「新ボーダーライン」(251)

【ケイシーの映画冗報=2018年11月29日】海外で生活している知人が幾人かおりますが、みなさんが口をそろえるのは「(世界レベルだと)日本は異様なほど安全」だということです。子どもが子どもだけで小学校に通うのは、日本では日常ですが、他国からも見ると「子どもだけで大丈夫か!?」と危険視されるそうです。

現在、一般公開中の「ボーダーライン ソルジャーズ・デイ」((C)2018 SOLDADO MOVIE,LLC.ALL RIGHTS RESERVED.)。

本作「ボーダーライン ソルジャーズ・デイ」(Sicario: Day of the Soldado、2018年)は、メキシコの麻薬組織(カルテル)と司法機関によって繰り広げられる、戦争のような情勢をリアルに描いた「ボーダーライン」(Sicario、2015年)の続編となっています。

メキシコからの密入国者に手を焼くアメリカ政府は、CIAのマット(演じるのはジョシュ・ブローリン=Josh Brolin)に、極秘任務を命じます。

メキシコ国内の麻薬カルテルに“仲たがい”を起こさせ、「アメリカどころではない内乱状態」を生み出そうというのです。マットは凄腕の戦闘員アレハンドロ(演じるのはベニチオ・デル・トロ=Benicio del Toro)に声をかけ、作戦の実行をゆだねます。

麻薬カルテルに強い憎しみを持つアレハンドロはまず、ある麻薬カルテルの弁護士を射殺、ついで対立するカルテルのリーダーの娘であるイザベル(演じるのはイザベラ・モナー=Isabela Moner)を誘拐し、カルテル間の抗争を激化させます。

ところが、思わぬアクシデントやアメリカ政府の方針転換(という萎縮)によって、アレハンドロとイザベルは、メキシコ国内の砂漠に孤立してしまいます。

救助と支援をもとめるアレハンドロにマットは非情な提案をします。「(謀略の証拠となる)イザベルを殺せば、お前は助ける」ところがアレハンドロは「2人で一緒にアメリカにもどる」とゆずりません。

ついにマットは決断し、宣言します。「両人とも殺す」。孤立無援となったアレハンドロとイザベルは生き残ることができるのでしょうか・・・。

アレハンドロを演じるベニチオ・デル・トロは、実在の革命家から冷酷な殺し屋まで、さまざまな役を演じる幅広さを持った俳優です。2000年の「トラフィック」(Traffic)ではアカデミー助演男優賞も受けています。

前作では犯罪組織の家族までを冷酷に葬ったアレハンドロ。本作でも憎しみをいだいた相手に十数発の銃弾を一気に撃ちこむといった“激情”の部分がかいま見えたり、最初は「仕事上の関係」でしかなかったイザベルを守り抜くため、まさに命がけの行動に出るといった人間性も発揮しています。

さらに、よどみなく手話を披露できるといった一面があったりと、前作を見ていた観客には、“都合のいい変節”と見えるかもしれませんが、私としてはキャラクターの“掘り下げ”だと解釈しました。

前作ではFBIの女性捜査官ケイト(演じるのはエミリー・ブラント=Emily Blunt。本作では未登場)が、呵責ない“麻薬戦争”の実情に直面し、わが身の無力さを実感させるための“戦闘マシーン”として描かれたアレハンドロが、今回は“国家・政府”の勝手な思惑に翻弄されてしまうという、ある種の逆転現象が起きているのも興味を惹かれました。

その一方、マットも命令とはいえ、友人であるアレハンドロに“死刑宣告”をするという葛藤に苦しみます。マット役のジョシュ・ブローリンも、実在のアメリカ大統領から宇宙一の悪役まで、たしかな表現力で演じている実力者です。ノミネートのみではありましたが、アカデミー助演男優賞候補(2008年の「ミルク(Milk)」)であったことからもうかがえます。

絶対堅持の命令と自身の感情とで揺れ動き、アレハンドロと電話回線で対峙するところなど、芸達者な俳優ふたりの演技をしっかりと楽しむことができます。

偶然なのでしょうが、本作の大きなモチーフとなっている、アメリカへの密入国問題が、現在クローズアップされています。もちろん、アメリカにも問題があるわけですが、それでも本作のようにかなりの危険を冒してでも“新天地”をめざず人々は続いています。「故国の最低より、アメリカの最低の方がよい」という悲しい現実が彼らを突き動かしているのだそうです。

それにしても、本作(前作含む)のような、マシンガンが登場する犯罪者による銃撃戦は、実際に起こるのでしょうか?ブラジルに住む友人によると、かの地では麻薬組織のほうが、武器や資金が警察よりも潤沢なので、普通に戦ったら犯罪者が勝ってしまうのだそうです。

「誰かが手を汚さなければならない」劇中、マットがこうした趣旨の発言をします。「きれいごとだけではない」現実に触れることのできる佳作だと感じました。次回は「来る」の予定です(敬称略。【ケイシーの映画冗報】は映画通のケイシーさんが映画をテーマにして自由に書きます。時には最新作の紹介になることや、過去の作品に言及することもあります。当分の間、隔週木曜日に掲載します。また、画像の説明、編集注は著者と関係ありません)。

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