丸善日本橋で沢岡織里部「線刻染付の磁器」展

【銀座新聞ニュース=2019年1月12日】大手書籍販売グループの丸善CHIホールディングス(新宿区市谷左内町31-2)傘下の丸善ジュンク堂書店(中央区日本橋2-3-10)が運営する丸善・日本橋店(中央区日本橋2-3-10、03-6214-2001)は1月16日から22日まで3階ギャラリーで沢岡織里部さんによる「第4回染付作品展」を開く。

丸善・日本橋店で1月16日から22日まで開かれる沢岡織里部さんの「第4回染付作品展」に出品される作品。

2015年に神奈川県横浜市から滋賀県大津市に工房を移した陶芸家の沢岡織里部(さわおか・おりべ)さんは生活に役立つ磁器作品を制作しており、白磁の素地に刻んだ線に模様を施す「線刻染付」の技法により、制作した日常使いの食器や花器、照明などの小品を中心に展示販売する。

ウイキペディアによると、磁器(ポーセリン=Porcelain)とは、高温で焼成されて吸水性がなく、叩いた時に金属音を発する陶磁器を指す。ただ、ヨーロッパなどでは陶器と区別されないことが多く、両者の間には必ずしも厳密な境界が存在するわけではない。一般に磁器は素地が白くて透光性があり、機械的強さが高いという特徴がある。また、焼成温度の高い硬質磁器と、比較的低温で焼成される軟質磁器に分けられる。

日本の主な磁器として佐賀県有田などで焼かれる肥前磁器(伊万里焼)や九谷焼などがある。磁器は焼結して多結晶となる粘土質物、除粘剤となり可塑性を向上させ、かつフラックス(融剤)として融点を下げる石英、ガラス相を形成し強度を向上させ、石英と同種の効果も示す長石の3種類が主原料である。

粘土質物には「カオリン」が使用され、軟質磁器には石灰、ボーンチャイナには骨灰(リン酸カルシウム)が添加される。硬質磁器はカオリンが70%以上であり、軟質磁器は長石と石灰が約60%を占めている。

磁器は中国では古くから製造され、後漢時代(25年から220年)には本格的な青磁がつくられている。磁器の産地としては江西省東北部に位置する「景徳鎮(けいとくちん)」が特に知られている。

日本では、豊臣秀吉(とよとみ・ひでよし、1537-1598)が朝鮮へ出兵した文禄・慶長の役(1592年から1593年、1597年から1598年)によって、朝鮮半島から連れてこられた陶工・李参平(り・さんぺい、金ヶ江三兵衛=かながえ・さんべえ、生年不詳-1655)が肥前有田で磁石(じせき、磁器の原料)を発見したことから制作がはじまったといわれている。

窯跡の発掘調査の結果から、1610年代に有田西部の諸窯で磁器(初期伊万里)の生産がはじまったというのが通説となっている。景徳鎮でも青磁を作られていたが、近傍の高嶺(カオリン)という山の白土は、超高温で焼かなければ固まらない難物で、そこでできた青白磁はすでに磁質(ガラス)化していた。ただ、「影青(インチン)」といって青みが薄く、氷のような硬く冷たい色をしていた。

明時代(1368年から1644年)には、地の白土がガラスのように透き通るので純白にならないためだと考えられ、他の陶石を混ぜるなどして改良し、こうしてできた白地が圧倒的に美しく、唯一無二の絵付けの生地として中国を席巻していった。ヨーロッパの磁器も、初めはこの景徳鎮や伊万里焼を粉砕、溶解するなど長年にわたる詳細な科学調査を繰り返してようやく確立された。

沢岡織里部さんは1977年神奈川県横浜市生まれ、2003年に愛知県立芸術大学大学院陶磁専攻を修了、2004年に横浜市青葉区に築窯、2005年に制作ユニット「テラヤ(teraya)」を設立、2007年に東京芸術大学大学院文化財保存科学博士課程を満期修了、2015年に滋賀県大津市に築窯して、工房を移している。現在、公益社団法人「日本工芸会」研究会員、愛知県立芸術大学非常勤講師。

期間中、毎日11時から19時まで沢岡織里部さんが来場する。

開場時間は9時30分から20時30分(最終日は17時)まで。

注:「沢岡織里部」の「沢」は正しくは旧漢字です。名詞は原則として常用漢字を使用しています。

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