実録作品ではなく、不思議な魅力のつまった「ワンス・アポン」(271)

【ケイシーの映画冗報=2019年9月5日】ハリウッドで活躍する映画人には“シネフィル(cinephile)”と呼ばれる“映画好き”がすくなくありません。監督や脚本家には当然なのですが、スターにも“シネフィル”を公言する人物はいくらでも存在します。

現在、一般公開されている「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」。制作費が1億ドル(約100億円)。

本作「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」(Once Upon a Time in Hollywood、2019年)の主演であるレオナルド・ディカプリオ(Leonardo DiCaprio)は日本のアニメ映画「千と千尋の神隠し」(2001年)を高く評価していますし、ダブル主演ともいえるブラッド・ピット(Brad Pitt)もアカデミー賞のスピーチにて“日本の特撮怪獣映画”が映画人としての原点であると語っています。

そんな“シネフィル”のなかでもトップに君臨しているに違いないのが、本作の脚本・監督であるクエンティン・タランティーノ(Quentin Tarantino)でしょう。1963年生まれのタランテーィノは、レンタルビデオ店の店員だった1980年代から、生活環境もあって「とにかくなんでも観る」を実践していたと思われます。ご本人は「そんなに観ていないよ」と振り返っていますが、どのレベルの「そんなに」なのか、興味のあるトコロです。

1969年のハリウッド。テレビ映画の西部劇で名を売ったリック・ダルトン(演じるのはレオナルド・ディカプリオ)は、自身のスタントマンであるクリス・ブース(演じるのはブラッド・ピット)とコンビで映画の世界に進出しますが、人気の方はいまひとつ。豪邸をかまえるものの、映画のキャリアは悪役や主人公の引き立て役で、主演だと「イタリアで撮る」という“出稼ぎ”企画のオファーしかありませんでした。

努力はするものの、どこか空回りしてしまうリックとは対称的に、スタントマンとしての技量は十分なクリス。しかし、かれは危険な過去を噂され、仕事上でも安易な妥協を嫌うことから、狭いトレーラーハウスに暮らし、リックの線がなければ仕事のない日々を送っていました。

不満を抱えながらハリウッドで仕事に精を出すリックの隣家に新進気鋭の映画監督と、その妻で女優のシャロン・テート(Sharon Tate、1943-1969、演じるのはマーゴット・ロビー=Margot Robbie)が引っ越してきます。

「仕事のチャンスだ」と気合を入れるリックでしたが、接点らしい接点もなく、相棒クリスとイタリアでの仕事に傾いていくことに。やがて1969年8月9日。史実では、アメリカを震撼させる「シャロン・テート惨殺事件」の夜を迎えるハリウッドですが、この作品での経緯は・・・。

「(監督作は)10作しか作らない」と公言しているタランテーィノ監督の9本目(前後編は1作とカウント)である本作は、全編にわたって監督の「映画と自身の記憶への情熱」が溢れた映画となっています。

映画界が舞台なので、撮影所とスターの生活に密着した映像が綿密に盛りここまれているのはもちろん、車のデザインやカーラジオから流れる音楽、テレビに映るドラマや町の広告に至るまで、すべてに監督の情熱が注がれているのはまちがいありません。

しかし、そのすべてが1969年のハリウッドの再現ではないと感じます。翌1970年に公開されるはずの超大作戦争映画のポスターや、実際には終了している日本でも人気のあった戦争を扱ったテレビドラマの広告が、それを表現していているのではないでしょうか。

1969年というのはひとつの記号であり、プラスマイナス数年間の“映画の都ハリウッド”をタランティーノ監督のイメージする情景に描いているというのは本質ではないかと想像します。

主役ふたりは創作されたキャラクターですが、実在する(した)ハリウッド・スターや著名人が幾人も実名で登場しています。しかし、それは、実在の人物の再現をめざすのではなく、雰囲気を重視してディフォルメした描写だと思われます。

登場人物の関係者からは、劇中のキャラクター表現についてネガティブなコメントも発せられていますが、あくまでタランティーノ監督による“自身の映画の登場人物”の表現であって、実録作品ではないのですから、許容すべきなのではないかと考えます。

“虚像と実像”とするとありきたりですが、撮影所で自身に満ちたリックがいる一方で、セリフをとちって人知れず怒鳴り散らすかれが存在します。すぐ咳き込むのも生活習慣の問題をあらわしているのではないでしょうか。クリスが撮影でない場所でさりげなく見せる身体能力の高さと、体が資本のはずの仕事なのに、ひどくわびしい食生活など、シビアで繊細なディテールにも惹かれます。

単なる「映画愛」では言い表せない、不思議な魅力のつまった秀作です。次回は「記憶にございません!」の予定です(敬称略。【ケイシーの映画冗報】は映画通のケイシーさんが映画をテーマにして自由に書きます。時には最新作の紹介になることや、過去の作品に言及することもあります。当分の間、隔週木曜日に掲載します。また、画像の説明、編集注は著者と関係ありません)。

編集注:ウイキペディアによると、「シャロン・テート事件」は1969年8月9日、狂信的カルト指導者チャールズ・マンソン(Charles Milles Manson、1934-2017)の信奉者の1人、スーザン・アトキンス(Susan Denise Atkins、1948?2009)ら3人組によって、一緒にいた他の3人の友人と、たまたま通りがかって犯行グループに声を掛けた1人と共にロサンゼルスの自宅で殺害された。

マンソンはシャロンの前にその家に住んでいた、ドリス・デイ(Doris Day、1922-2019)の息子、テリー・メルチャー(Terrence Paul Melcher、1942?2004)が、マンソンの音楽をメジャーデビューさせられなかったことを恨みに思っていたのが原因で、この悲劇は人違い殺人であった。

当時シャロンは妊娠8カ月で、襲撃を受けた際に「子どもだけでも助けて」と哀願したというが、それが仇となりアトキンスらにナイフで計16カ所を刺されて惨殺された。ポランスキーは、生まれることなく死んだわが子にテートと自らの父の名を取ってポール・リチャードと名付け、テートとともに埋葬した。