銀座八丁で幸稲荷神社等神社12カ所巡り

【銀座新聞ニュース=2019年10月30日】全銀座会(中央区銀座4-6-1、銀座三和ビル、03-3561-0919)は11月1日から3日まで「銀座八丁神社めぐり2019」を開く。

三原小路にあるあづま稲荷神社。いつでも訪れることのできる。

銀座中央通りなどで開く「オータム・ギンザ(AUTUMN GINZA)2019」のひとつで、1丁目の幸稲荷神社をはじめ、12カ所の神社をめぐり、集印帳(各神社で配布)にすべての神社のスタンプを押せる。

幸稲荷神社(さいわいなりじんじゃ、中央区銀座1-5-13)は「倉稲魂命(うかのみたまのみこと)」を祀る神社で、京都の伏見稲荷大社から勧請(かんじょう、分霊を他の神社に移すこと)された。江戸期から護り神とされており、太刀の市がたったこともあり、「太刀売稲荷」と呼ばれ、縁結びのご利益があるという。1945年の東京大空襲により、焼失したが、1946年には町内により再建された。また、2013年に再開発により、一時的に山王日枝神社の境内に仮遷座し、2014年10月11日に場所を移動して再建された。

龍光不動尊(りゅうこうふどうそん、中央区銀座3-6-1、松屋銀座店屋上)は鎌倉期につくられた高野山龍光院の「不動明王御尊像」を1929年5月に銀座松屋が念持仏として安置したのがはじまりで、家内安全、商売繁盛のご利益があるといわれている。また、「龍光」が「流行」に通じるとして、ファッションへのご利益もあるとされている。

朝日稲荷神社(中央区銀座3-8-10、大広朝日ビル)は「倉稲魂命」を祀る神社で、創建年代が不詳だが、1855年の安政の大地震により社殿が倒壊し、三十間堀川に埋もれ沈み、そのまま放置された。しかし、1923年の関東大震災により、三十間堀川の川底が隆起し、埋もれていた御神璽(ごしんじ)があらわれ、旧社地に社殿を再建して戻したという。

1945年4月の空襲により社殿が焼失し、1964年に境内を整備し、1985年に現在の朝日ビルを建設し、屋上に安置された。商売繁盛、家内安全の神とされている。1階に遥拝所がある。

「宝珠稲荷神社」(ほうじゅいなりじんじゃ、中央区銀座3-14-15)は、1615年に三河国深溝藩主の板倉重昌(いたくら・しげまさ、1588-1638)の屋敷神として祀られたのに始まる。明治維新後に地元木挽町3丁目氏子に寄進された。家内安全、火除の神としてされている。

宝童稲荷神社(ほうどういなりじんじゃ、中央区銀座4-3-14、和光並木館裏、天賞堂裏の路地を入る)は、江戸期に江戸城内の子育祈願の稲荷神社を、名主の弥左衛門(やざえもん)が子育て祈願の分祠として建立したといわれている。縁結びや子育てにご利益がある。

銀座出世地蔵尊(中央区銀座4-6-16、銀座三越9階銀座テラス)は明治のはじめに三十間堀より掘り出された地蔵尊で、三十間堀より出世したといわれている。当時、地元の鳶職が銀座4丁目3番地辺(現在の4丁目7番地)の空地へ安置したところ、道行く人々や近隣の信心篤い人が花や団子を供え、参詣するようになり、やがて、この地蔵尊は開運、出世、延命、商売繁盛にご利益があるといわれた。

お堂も小屋から木造になり毎年7日、18日、29日が縁日になり、縁日には、いろいろな露店が出て賑わいを呈した。銀座三越が1968年に新築した際に屋上に遷座され、その後、新館を建設した際に、現在地に移された。

歌舞伎稲荷神社(中央区銀座4-12-15、歌舞伎座正面右側)は由緒や創建は不明だが、鉄砲洲稲荷神社から分霊され、大入りや安全を祈願して祀られたとされている。

あづま稲荷神社(中央区銀座5-9-19、あづま通り、三原小路)は戦後、あづま通り付近で火災が相次ぎ、この一角にかつて稲荷が祀られていたことが判明した。そこで、町内で京都伏見稲荷大明神講中をつくり、伏見稲荷大社より分霊、氏神山王日枝神社に祈祷を願い、現在地に鎮座されると、以後まったく火事にあわなくなったことから、火伏せ、盗難の神として信仰されている。

靍護稲荷神社(かくごいなりじんじゃ、中央区銀座6-10-1、ギンザシックス屋上)は1815年に山城伏見の本宮(現在の京都伏見稲荷)から勧請して江戸の根岸の里に奉安さ、1929年2月18日に旧松坂屋銀座店屋上に分霊を遷座、2017年4月20日に「ギンザシックス(GINZA SIX)」オープンと共に屋上に遷座された。

1881年のある夜、神社で当直していた老人が、一匹の狐を見掛け、その狐が「掛け軸」を残し、その掛け軸には「豊川稲荷の神像」が描かれていた。そのため、「伏見稲荷系」と「豊川稲荷系」のご加護があるとされている。

成功稲荷神社(中央区銀座7-5-5、資生堂銀座ビル入り口)は1927年に資生堂の初代社長、 福原信三(ふくはら・しんぞう、1883-1948)が豊川稲荷から勧請したのがはじまりで、「満金龍神成功稲荷」を祀っている。商売繁昌、事業成功にご利益があるとされている。

豊岩稲荷神社(とよいわいなりじんじゃ、中央区銀座7-8-14、ギンザ・グリーン(GINZA GREEN)ビル裏、銀座すずらん通りから路地を入る)は「倉稲魂命(うかのみたまのみこと)」を祀っているが、創建年代が不詳とされている。明智光秀(あけち・みつひで、1528-1582)の家臣であった安田作兵衛(やすだ・さくべえ、安田国継=やすだ・くにつぐ、1556-1597)により、当地に祀られたといわれている。江戸期より、火伏せの神、縁結びの神として信仰されている。

熊谷稲荷神社(中央区銀座7-12-9、花椿通り)は源平合戦で活躍した熊谷直実(くまがい・なおざね、1141-1208)に由来し、戦勝凱旋の折、当地を訪れたところ、当地の里人が直実護持の神札を賜り奉ったのが、熊谷稲荷神社の始まりとされている。防火、開運、商売繁盛として親しまれている。

ウイキペディアによると、「稲荷神」とは、日本における神の1つで、稲荷大明神(いなりだいみょうじん)ともいい、総本社は京都市伏見区にある伏見稲荷大社とされている。稲荷神を祀る神社を「稲荷神社(いなりじんじゃ)」と呼ぶ。朱い鳥居と、神使の白い狐がシンボルだ。

伏見稲荷大社から勧請されて全国の稲荷神社などで祀られる食物神、農業神、殖産興業神、商業神、屋敷神で、神仏習合思想においては仏教における荼枳尼天(だきにてん)と同一視され、豊川稲荷を代表とする仏教寺院でも祀られる。

総本宮である伏見稲荷大社では「宇迦之御魂大神(うかのみたまのおおかみ、倉稲魂命とも書く)」を主祭神として、佐田彦大神(さたひこのおおかみ)、大宮能売大神(おおみやめのおおかみ)、田中大神(たなかのおおかみ)、四大神(しのおおかみ)とともに五柱の神として祀る。

日本の神社の内で稲荷神社は、2970社(主祭神として)、3万2000社(境内社・合祀などすべての分祀社)を数え、屋敷神として個人や企業などに祀られているものや、山野や路地の小祠まで入れると稲荷神を祀る社はさらに膨大な数にのぼる。江戸の町の至る所で見かけられるものとして「伊勢屋、稲荷に、犬の糞」とまで言われるようになった。本来は穀物・農業の神だが、現在は産業全般の神として信仰されている。

巡礼時間は12時から16時まで。

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