丸善日本橋で寺田豊「京絞り」展、木耶ラ、相沢慶子も

【銀座新聞ニュース=2019年11月10日】大手書籍販売グループの丸善CHIホールディングス(新宿区市谷左内町31-2)傘下の丸善ジュンク堂書店(中央区日本橋2-3-10)が運営する丸善・日本橋店(中央区日本橋2-3-10、03-6214-2001)は11月13日から19日まで3階ギャラリーで「京絞りの源流を探る9 植物染『右近の橘』京絞り寺田 きものと帯展」を開く。

丸善・日本橋店で11月13日から19日まで開かれる「京絞りの源流を探る9 植物染『右近の橘』京絞り寺田 きものと帯展」のフライヤー。

「有限会社 京絞り寺田」(京都市下京区新町通綾小路下る船鉾町391、075-353-0535)を運営する4代目京絞り作家の寺田豊(てらだ・ゆたか)さんが2011年以来9年続けて「京絞りの源流を探る」と題して、先人の絞り技法を学び、現代の素材、技術を加えた絞り訪問着、小紋、コート、小物、ショールなど新作を展示販売する。

また、今回のテーマである草木染作品は、絶滅危惧種の「大和橘(やまとたちばな)」を友人から頂いて、染め上げたもので、「予想以上に透明感のある黄色の輝き」を見てほしいとしている。

「なら橘プロジェクト推進協議会」などによると、古事記、日本書紀には、第11代垂仁天皇(すいにんてんのう、BC29-AD70)の勅命を受けた菓子の祖 田道間守(たじまもり、生死は詳細不詳)が艱難辛苦の末、常世の国(とこよのくに、海の彼方にあるとされる異世界のこと)という一種の理想郷として観想され、永久不変や不老不死、若返りなどと結び付けられ、不老不死の力を持った(永遠の命をもたらす)霊薬を持ち帰らせたという話が記されている。これが柑橘の「大和橘」とされている。

奈良時代、平安京の内裏にある紫宸殿正面の階段から見て右にあった橘の樹を「右近の橘」と呼ばれ、第34代元明天皇(げんめいてんのう、661-721)が寵愛し、宮中に仕える県犬養橘三千代(あがたのいぬかい・みちよ、665-733)に、杯に浮かぶ橘とともに橘宿弥(たちばなのすくえ)の姓を下賜し、橘氏が生まれた。

「京絞り寺田」は1813(文化10)年に初代井筒屋治助(いづつや・じすけ)が京都寺町仏光寺で木版彫刻美術出版業として創業、1923年に6代寺田熊太郎(てらだ・くまたろう)が京鹿の子絞り製造卸「寺田商店」を設立、その後現社名に改称している。

寺田豊さんは1958年京都府京都市生まれ、1994年にフランス・パリ市主催フランスオートクチュール組合後援により「バガテル城美術館」の「燦功工房展」に招待出品、東京で個展を開催、1996年にフランス・パリ国立ギメ美術館が「雪に萩」を買い上げ、2002年に「布結人の会」を設立した。

イタリア・ミラノの美術学校と交流、2007年に歌舞伎役者の中村芝雀(なかむら・しばじゃく)さんの「人魚の恋椿」の衣装を制作し、2008年に京都絞工芸展で知事賞と近畿経済産業局長賞、源氏物語千年紀「夢浮橋」の几帳を作成している。

14日15時と16日15時から30分間、着物教室講師の木耶ラ(きやら)さんによるきもの講演会を開く。14日は「長襦袢のお衿が大変身体験」とし、参加者6人は襟なしの洋服で来てもらい、その場で洋服の上から衿が美しくなるのを体験できる。

16日は「3分で着る訪問着と二重太鼓」とし、実際に目の前で木耶ラさんが試着してみる。

木耶ラさんは航空会社のキャビンアテンダントを経て、京都で着物の着付けを学び、その後、専属講師となり、独立して、現在、倉敷大原美術館内新渓園を中心に各地で指導している。

17日14時から15時まで、寺田豊さんと月刊誌「家庭画報」(世界画報社)や「きものサロン(Salon)」(世界文化社)などで女優の着物コーディネートを手がける相沢慶子(あいざわ・けいこ)さんによる「絞りの着物と帯のコーディネート」と題したトークショーを開く。

相沢慶子さんは女性誌の着物のページの編集やスタイリングなどを30年以上にわたって手がけ、女優や著名人の着物のスタイリングも行っている。

開場時間は9時30分から20時30分(最終日は17時)。

編集注:「相沢慶子」の「沢」は正しくは旧漢字です。名詞は原則として常用漢字を使用しています。

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