原作を翻案し、金銭的な苦悩を上方訛で描いた「決算!忠臣蔵」(277)

【ケイシーの映画冗報=2019年11月28日】かつては数年に一度、年末年始には、映画かテレビドラマで「忠臣蔵」(1701年から1703年の元禄期に起きた「赤穂事件」)が観られました。旧暦の12月14日(現在の1月30日)に、旧赤穂藩の浪士47人が、亡き主君の仇を討つというクライマックスのタイミングもあり、人気の題材でしたが、、時代劇というジャンルが減少傾向にあることも影響しているのでしょうが、すこしばかり、寂しさも感じます。

現在、一般公開されている「決算!忠臣蔵」((C)2019「決算!忠臣蔵」製作委員会)。

現在の日本で、もっとも広く「忠臣蔵」の世界をイメージさせる「仮名手本忠臣蔵」は、事件の発端から47年後に成立した人形浄瑠璃と歌舞伎の演目で、別名を“独参湯(どくじんとう)”といいます。よく効く煎じ薬の名前なのですが、「忠臣蔵」がいつでもお客を集める作品だったことからこう呼ばれるようになったそうです。

「亡き主君のため、艱難辛苦(かんなんしんく)の時を経て、ついに主君の仇を討った武士の鑑(かがみ)」というのが、前述の「仮名手本忠臣蔵」によって確立した忠臣蔵の一般的な物語ですが、最近の映像作品は、“討ち入らなかった”浪士を描いた「最後の忠臣蔵」(2010年)や、ハリウッドで大きくアレンジされた「47ローニン(RONIN)」(47Ronin、2013年)といった、登場人物やストーリーに趣向をこらしたものが目立つように感じます。

本作「決算!忠臣蔵」も、こうした流れのなかの一作となっています。赤穂藩の筆頭家老で、浪士たちをとりまとめて討ち入りを率いた大石内蔵助(おおいし・くらのすけ、1659ー1703、演じるのは堤真一=つつみ・しんいち)が主人公であるのは定石といえますが、もうひとりの主人公が矢頭長助(やとう・ちょうすけ、1658-1702、演じるのは岡村隆史=おかむら・たかし)という、勘定方(かんじょうがた)、いわゆる経理担当となっているのです。

原作は東大大学院の教授で、日本近世史を専攻とする山本博文(やまもと・ひろふみ)の著作「『忠臣蔵』の決算書」ですが、古文書の解析と成果を中心とした作品のため、映画としてのストーリーを構築しているのは、脚本・監督である中村義洋(なかむら・よしひろ)によるものです。

一説に映像作品だけでも300以上といわれる「忠臣蔵」を扱った映画は、自分の嗜好(学生時代の研究テーマでした)もあって、これまで本稿でも、幾度か取り上げています。

本作がこれまでの忠臣蔵の映像作品と一線を画すのは、「忠臣蔵のストーリーを経済的側面から見た」という観点でしょう。江戸期の武士階級は現在のサラリーマンのような「給与所得者」で、農工のような生産者でも商人のような商売人でもありません。かれらの能力は“武士”という階級にあって発揮できるのであって、一般的な自活能力にはとぼしい人々でした。

「つまり、(武士の)忠義だけでは(仇の)首はとれないはずなのである」(「『忠臣蔵』の決算書」より)

本作のなかでも克明に描かれていますが、固い決意を持って雌伏(しふく)するうちに、金銭的な負担が降りかかってくるというものです。江戸と赤穂(現兵庫県)という、中心都市と地方という市井(しせい)の価値観や物価のちがいにも直面します。江戸と赤穂との移動の旅費も負担でした。

原作ではこうした収支決算を数字と文章で記しているため、すこしイメージを掴みにくい(貨幣価値も違います)のですが、映画の中ではシンプルで効果的な表現となっていますので、本当の企業の決算書のような無味乾燥した数字の羅列ではないので、ご心配なく。

そして、もう一つの特徴は、登場人物の多くが関西の言葉を使っていることです。江戸詰めの元藩士である堀部安兵衛(ほりべ・やすべえ、1670-1703、演じるのは荒川良々=あらかわ・よしよし)らは江戸弁ですが、地元の赤穂にいた藩士たちは上方なまり(いわゆる大阪弁)を話しています。

赤穂の人々は、浪人となるまで、江戸に赴いた経験はほとんどないので、これまでの諸作品より、実情にちかい言葉のやりとりだといえるでしょう。なお、この「忠臣蔵」の物語に感銘を受け、「武士とはかくあるべし」と行動したのが、「新選組」でした。彼らの着た揃いの衣装は、戯曲である「仮名手本忠臣蔵」の衣装をもとにしています。

幕末といえば、実際の赤穂事件は150年も前、絵か文字しか記録ができなかった時代ですから、良質な作品が世情に訴えかける力は、現在では想像もつかないほどの威力を発揮していたのです。では、実際の赤穂浪士たちはどんな装束だったのか?

本作のなかにその答えはございますので、ぜひ、劇場にてご覧になってみてください。
次回は「インフォーマー(THE INFORMER)/三秒間の死角」の予定です(敬称略。【ケイシーの映画冗報】は映画通のケイシーさんが映画をテーマにして自由に書きます。時には最新作の紹介になることや、過去の作品に言及することもあります。当分の間、隔週木曜日に掲載します。また、画像の説明、編集注は著者と関係ありません)。