ユダヤ人監督がヒトラーを演じ、小気味よく躍動した「ジョジョ」(281)

【ケイシーの映画冗報=2020年1月23日】近作「ロング・ショット 僕と彼女のありえない恋」(Long Shot、2019年)に、こんな場面があります。主人公のユダヤ系ジャーナリストが、ユダヤ排撃を標榜するネオナチの組織に潜入するのですが、どうしてもナチ式の右手を高く挙げる敬礼ができずに疑われるというもので、妥協ができず、仕事をフイにしてしまうという、主人公のアイデンティティがうまく表現できていました。

現在、一般公開中の「ジョジョ・ラビット」((C)2019 Twentieth Century Fox)。

以前にも本稿では、“ナチズム”に対するマイナスイメージを取り上げていますが、本当にどうしようもない存在だったら、あそこまでドイツや周辺国(オーストリアやチェコ、スロバキアなどの国がナチス・ドイツを構成していた)の人々が煽動されることはなかったはずです。

そんなナチス・ドイツの時代を描いた本作「ジョジョ・ラビット」(Jojo Rabbit、2019年)は、恐ろしくも魅力的だった“疾風怒濤の時代”を生きたドイツ少年を描いた作品です。

第2次世界大戦(1939年から1945年)下のドイツ。10歳の少年ジョジョ(演じるのはローマン・グリフィン・デイビス=Roman Griffin Davis)は、少年組織“ヒトラー・ユーゲント”の活動で兎(ラビット)を仕留めることができなかったので、“ジョジョ・ラビット”というひどいあだ名をつけられます。そんなジョジョの一番の親友は、なんと空想上のアドルフ・ヒトラー(Adolf Hitler、1889-1945)総統そのひと(演じるのはタイカ・ワイティティ=Taika Waititi)でした。

そして、美しい母ロージー(演じるのはスカーレット・ヨハンソン=Scarlett Johansson)は、きびしくも愛情をもってジョジョを育てています。訓練キャンプ中の事故で“負傷兵”となったジョジョが自宅にいると、不思議な音を耳にします。その正体はユダヤ人の少女エルサ(演じるのはトーマサイン・マッケンジー=Thomasin McKenzie)で、ジョジョの母が助けてくれたと語りました。ジョジョには亡くなった姉がおり、エルサは彼女の友達だったのです。

戦局は悪化する一方で、ジョジョたちの住む町も戦場になってしまいます。そして、ナチスを盲信する少年の“少年期の終わり”も近づきつつありました。

本作で“空想のヒトラー”を演じ、監督・脚本も手がけたタイカ・ワイティティは、本作について、こんなメッセージを記しています。
「私はマオリ系ユダヤ人として成長する過程で、ある程度の偏見を体験してきました」

父親がマオリ系(ニュージーランドの先住民)で、母親がユダヤ系ロシア人というワイティティ監督(祖父は第2次大戦中、ソ連軍でドイツ軍と戦っていた)が、“アーリア人至上主義”を唱え、他の民族を“劣等民族”と断定したヒトラーを演じるというのは、普通に考えれば、ミス・キャストのはずなのです。

ところが、作品のなかでは小気味よく躍動し(大戦後半のヒトラーはひどく健康を害していました)、10歳の少年と本気で討論したりという、これまでにないヒトラー像を見せています。

少年の空想上の産物なので、実像を模倣することはなく「服装、ちょびヒゲ、髪型以外は本物のヒトラーとなんの共通点もない」にも関わらず、「あのちょびヒゲと軍靴のおかげで僕が醸しだすムードは一変した」そうで、ヒトラーに扮したワイティティ監督をはじめて見たジョジョ役のデイビスは「泣いちゃったんだ」というほど、強いインパクトを受けたそうです。

20世紀の人物で、ヒトラーほど、ここまでキャラクター像が固定された存在というのは、ちょっと思い当たりません。後世におおきな影響をあたえたという意味でも、トップクラスなのは間違いありませんが、わたしたちは「正しい実像」を理解しているでしょうか。
わたしたちが知る歴史上の人物やできごとは、現状、そのおおくが映画やテレビの影響による“記憶”であって、純粋な“現実の記録”ではないことがほとんどでしょう。

実際、おおくの作品でモチーフとされてきた“ヒトラー”や“ナチズム”、さらには第2次世界大戦という大事件も、歴史上の過去になりつつあるのが現状です。

時は経つのですから、記録も記憶も風化してしまうのは必然ですし、世界史では極悪人でも、その本人の出身地では郷土の偉人だったりすることもすくなくありません。

「いまこそ、この物語が語られるべき時だ。あとから、あの時伝えておくべきだったと後悔しないためにもね」(コメントはすべてパンフレットより)。ワイティティ監督のこの言葉は、決して誇大ではありません。当時の日本は、ドイツの同盟国として、共闘していたのですから。

その部分も一瞬、作中で触れているのでご確認ください。次回は「テリー・ギリアムのドン・キホーテ」の予定です(敬称略。【ケイシーの映画冗報】は映画通のケイシーさんが映画をテーマにして自由に書きます。時には最新作の紹介になることや、過去の作品に言及することもあります。当分の間、隔週木曜日に掲載します。また、画像の説明、編集注は著者と関係ありません)。

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