夢に生きる主人公に監督自身の夢を重ねた(?)「ドン・キホーテ」(282)

【ケイシーの映画冗報=2020年2月6日】日本映画の撮影現場では「ころがり具合が悪い」という表現があるといいます。スタッフ・キャストが努力・労力を惜しんでいるわけではないのに、なぜか撮影が円滑にいかなかったり、アクシデントに見舞われることを意味しているそうですが、海外でもこうした「現場のトラブル」は起こっています。巨大なセットが自然災害で崩壊したり、キャストの急病や変更、さらには現場での脚本変更による作品全体の改変などです。

現在、一般公開中の「テリー・ギリアムのドン・キホーテ」((C)2017 Tornasol Films,Carisco Producciones AIE,Kinology,Entre Chien et Loup,Ukbar Filmes,El Hombre Que Mat o a Don Quijote A.I.E.,Tornasol SLU)。

自分も学生時代に、春休みを利用して映像作品を撮影していたのですが、東京では数年ぶりという3月の大雪に見舞われ、ロケ地(友人宅の敷地)が一面の銀世界となってしまったのです。休みも限られているので、あわててスケジュールを変更し、一気に屋外シーンを録り終えて、なんとか完成にたどりついたことがありました。

本作「テリー・ギリアムのドン・キホーテ」(2018年、The Man Who Killed Don Quixote)は、撮影から完成にいたるまでの事件・トラブルの多さは、映画の歴史でも屈指であると思われます。パンフレットによると、「構想30年、企画頓挫9回」という、まさに艱難辛苦(かんなんしんく)の末に完成した映画とは。

映画監督のトビー(演じるのはアダム・ドライバー=Adam Driver)は、スペインで「ドン・キホーテ」の映画を撮影していました。異国でのトラブルや文化の差から作品への情熱を失せたトビーでしたが、現地で手にした映画のDVDを観て、いきなり旅立ってしまいます。その作品は「ドン・キホーテを殺した男」という、このスペインで撮影した、学生時代の自分の作品だったのです。

10年ぶりに訪れたかの地で、トビーは“ドン・キホーテ”と再会します。現地の靴職人ハビエル(演じるのはジョナサン・プライス=Jonathan Pryce)は、10年間、ドン・キホーテを演じ続けており、身も心も“中世の騎士、ドン・キホーテ”に染まりきっていて、“夢想の世界の住人”となっていました。

再会したトビーを自身の従者“サンチョ・パンサ”と独断したドン・キホーテは、サンチョ=トビーとともに、“遍歴の騎士”として現代に復活、現世に厭世観をいだく映画監督とともに、冒険の旅に出るのですが・・・。

「ドン・キホーテ」は、“世界で初めての長編小説”(異説あり)として、スペインの作家ミゲル・デ・セルバンテス(Miguel de Cervantes、1547-1616)によって生み出されたキャラクターです。

騎士道物語を読みすぎたあげく、「脳みそがぱさぱさに乾いてしまい」(永田寛定訳)自身を”遍歴の騎士”と信じたドン・キホーテですが、「風車を巨人と誤認して突進する」というイメージが強烈なためか、その他のディティールは明確になっていないように思えます。

「熱中するあまり、分別を失ってしまう」ということは、現実世界でもよく散見されます。こうした“凶暴な情熱”が偉大な作品を残したり、世界を変えるような事物を生み出したりする一方、人類にとっての厄災であったり、とんでもないトラブルにもなっているのは事実でしょう。

監督・脚本(共同)であるテリー・ギリアム(Terry Gilliam)は、1960年代に英国で放送された伝説のコメディ番組「空飛ぶモンティ・パイソン」(Monty Python’s Flying Circus、1969年から1974年)を作ったメンバーのひとりで、最初はアニメーターとしての参加でしたが、しだいに出演までこなすようになりました。

「空飛ぶ」はかなりきびしい風刺や、きわどい表現(人種や宗教、英国王室も俎上に)があり、品行方正というわけではありませんが、“スパイスの効いた風刺”という範囲にとどまり、“完全な悪趣味”の手前で作品としてまとめていると、個人的には考えています。

「よくないことが書いてあるからといって、必ずしも悪い本とは限らない」という言葉は、ドン・キホーテの作者セルバンテスの残したものといわれています。原作小説とことなり、演技に熱中するあまりだったり、現実との境界を消されてしまったギリアム版のドン・キホーテですが、作中のトビーも、監督としての矜恃(きょうじ)よりも、(撮影のための)妥協と折衝によって苦しみ、ドン・キホーテと同道することになります。

映画撮影のための息抜きだったはずなのに。トビーは“夢に生きる”ドン・キホーテに自身の夢をかさねたのかもしれません。

「夢は世界を変える ドン・キホーテは、夢を信じる物語だ」(パンフレットより)、ギリアム監督のメッセージは全体を貫く、太い根幹として観客に伝わるでしょう。

これは余談ですが、先述の「学生時代の作品」の主役はのちにプロの俳優となって、いまでも活躍しています。ひょっとしたら彼の人生にも、自分たちが夢を与えてかえてしまったのかも?いえ、単なる自惚れです。次回は「1917 命をかけた伝令」を予定しています(敬称略。【ケイシーの映画冗報】は映画通のケイシーさんが映画をテーマにして自由に書きます。時には最新作の紹介になることや、過去の作品に言及することもあります。当分の間、隔週木曜日に掲載します。また、画像の説明、編集注は著者と関係ありません)。

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