インド、無補償の都市封鎖下、緩和でホテル再開に一縷の望み(12)

【モハンティ三智江のインド発コロナ観戦記=2020年5月12日】5月1日、当初3日までの予定だったロックダウン(都市封鎖)が17日まで延長されることが決まった。まぁ、想定内のことで、末までを覚悟していただけに、なんか中途半端だなと意外に思ったほどだ。

毎年、6月中旬から7月初旬にかけて開かれる盛大な山車祭「ラト・ヤートラ」は聖地プリーの名物、一見の価値はある大祭だが、今年はコロナ禍で催行が危ぶまれる。しかし、1度中止になると、12年間開けないという決まりがあり、暗中模索が続いている。

が、インド政府としても、そういつまでも全土封鎖を続けるわけにもいかず、4日から段階的緩和措置が取られ、首都デリー(Delhi)では、一部の店舗がオープン、前々回紹介した、近郊のグルガオン(Gurgaon District、ハリヤーナ州=Haryana)では、邦人経営の美容室が40日ぶりに店開き、日本人駐在員が早速、散髪に訪れたようだ。

人口2175万人のデリー準州の感染者数は5月5日現在で5532人、1万4541人のマハラシュトラ州(1億0142万人)に次ぐ多さだが、経済活動停止を余儀なくされ、巷に失職者があふれる現状は看過できないだろう。

デリーやムンバイ(Mumbai)ではリカーショップも営業再開、早朝から列を作って左党が詰めかけた。コロナ禍で税収に苦しむデリー準州政府は、70%ものコロナ税を課したが、40日も禁酒を強いられた飲兵衛どもはどこ吹く風、われ先にと殺到した。往時は宗教的禁忌があったが、近年は中流層の台頭で、アルコール中毒が社会問題化するほど、飲酒の習慣は根付いているのである。

わがホテルの3階のバルコニーから、煌々(こうこう)と瞬くフルムーンを仰いで、ロックダウン下の夏の月見を堪能、地上で繰り広げられる地獄が嘘のように壮麗だ。コロナに明けて、コロナに暮れた45日を感慨深く振り返る。
潮の香の混じった涼しい夜風に、酷暑季の熱が冷まされ爽快、ちょうど1年前、サイクロン後の大停電で、蒸し風呂同然の部屋を逃れ、バルコニーにマットを持ち出し、夜風を扇風機代わりに心地よい眠りに落ちたことを思い出した。

コロナフリーの当地プリー(Puri、東インド・オディシャ州=East India・Odisha)のみは、州政府からの緩和措置が発令されたわけではないが、住民が自主緩和に走り、夕刻ともなると、バイク・自転車が多数行き交い、車の通過も目立って増えてきた。それでも、平常時の3割程度だが、確実に日常の営みが戻っている。リカーショップは依然休業を余儀なくされているが、大半の店は営業再開している。

それにつれて、初期は緊張していた当方も、張り詰めた神経が緩み、ええい、ままよ、なるようにしかならない、じたばたしたって始まらないと開き直り、コロナとの共存体制ができてきた。夕刻、3階のバルコニーから、ベンガル海の片鱗を望み、リラックスするのが日課になったが、酷暑季の今、潮の香の混じる涼しい夜風に吹かれていると、自然に深呼吸が漏れ、やれやれといった按配、先行きに不安はあるけれど、この瞬間だけはリラックスできる。

当地は幸いにも、今のところコロナフリーだし、ヨガのおかげで私もすこぶる快調、そのうちホテルも営業再開できるかも、との一縷の希望が湧いてくる。とはいえ、仮に営業が許可されたとしても、客日照りで開店休業状態が当面続くだろうけど。

見通しは甘くないが、6月23日に予定されている山車祭(ラト・ヤートラ)の準備も進められているそうな。毎年、何百万人もの巡礼旅行者が密集する盛大なお祭りで、主神のシャガンナート・ロードを筆頭とする三位一体神が3台の巨大な山車に祀られ、3キロ離れた生誕寺まで、信徒の引くロープによって里帰りなさるのである。

ジャガンナート寺院は日頃は異教徒立ち入り禁止だが、年1度のこの機会だけ、異教徒も大手を振って謁見が叶うのである。

とはいえ、コロナ下、恒例の山車祭開催が可能とはどうしても思われないのだが、甥が言うには、観客なしで厳重な警官監視のもと行えば不可能でないとのことで、というのも、このお祭りは一旦キャンセルされると、以後12年間は行えないという決まりがあるせいらしい。

売りの大祭が12年ストップというのは、確かに痛い。州政府は今、ジャガンナート寺院周辺をヘリテッジ化すべく整備を進めていて、門前通りが様変わり、一新後は観光効果大、当地の秘めたポテンシャルたるや無限大なのだ。

しかし、その壮大な計画も、コロナ禍で妨げられ、為政者は、中止か観客なしの敢行かの難しい決断を迫られている。

●現地コロナ支援事情

コロナ禍で、当ホテルはじめ、休業や失職を余儀なくされた国民は苦渋を舐めているが、人口13億人以上のインド、日本のように一律10万円支給など望むべくもなく、支援はもっぱら人口の6割近い貧民優先、一般民まではとても手が回らない状態だ。

中央政府は3月に、貧困層向けに現金や食料の直接配布で、1兆7000億ルピー(約226億ドル、約2兆2600億円)もの経済対策を打ちだし、さらに4月には中小企業向けの1兆ルピー(訳130億ドル、約1兆3000億円)の支援も発表したが、大口叩く割に実践には程遠い状態(アジア開発銀行から22億ドル=約2200億円=の融資があるようだが、財源は他にどこからと疑問符)、右の耳から左に出るに任せている私だ。

現状では、感染拡大に歯止めをかける激闘一辺倒、救援策は手薄で、デリーのように市民に米や小麦粉の配給をしている州もあるが、貧困州の当オディシャからの一般州民への支援はまず望めない。

当地のホテル500軒で構成されるホテル協会が州首相に、苦境に陥っているホテル街への支援を要請したが、聞き入れられるとは思えない。それが証拠に、昨年5月のスーパーサイクロン時も、甚大な損傷を食らったホテル街への支援はローン支払い猶予のみで、わがホテルのように負債を抱えていないホテルには、何のメリットもなかった。

(「インド発コロナ観戦記」は「観戦(感染)記」という意味で、インドに在住する作家で「ホテル・ラブ&ライフ」を経営しているモハンティ三智江さんが現地の新型コロナウイルスの実情について書いており、随時、掲載します。モハンティ三智江さんは福井県福井市生まれ、1987年にインドに移住し、翌1988年に現地男性と結婚、その後ホテルをオープン、文筆業との二足のわらじで、著書に「お気をつけてよい旅を!」(双葉社)、「インド人には、ご用心!」(三五館)などを刊行しており、感染していません。

また、息子はラッパーとしては、インドを代表するスターです。13億人と中国に次ぐ世界第2位の人口大国、インド政府は3月24日に全28州と直轄領などを対象に、完全封鎖命令を発令し、25日0時から21日間、完全封鎖し、4月14日に5月3日まで延長し、5月1日に17日まで再延長することを決めました。これにより延べ54日間となります。ただし、5月4日から段階的に制限を緩和しています。

5月10日現在、インドの感染者数は5万9662人、死亡1981人。州別の最新の数字の把握が難しく、著者の原稿のままを載せています。また、インドでは3月25日から4月14日までを「ロックダウン1.0」とし、4月14日から5月3日までを「ロックダウン2.0」、5月1日から17日までを「ロックダウン3.0」と分類していますが、原稿では、日本向けなので、すべてを「ロックダウン」と総称しています)