女性を主人公に、見えないからこそ見ようとさせ、成功した「透明人間」(294)

【ケイシーの映画冗報=2020年7月23日】富豪の科学者、エイドリアン(演じるのはオリヴァー・ジャクソン-コーエン=Oliver Jackson-Cohen)と生活していたセシリア(演じるのはエリザベス・モス=Elisabeth Moss)は、はげしい束縛を強いられる生活からのがれ、警察官の友人ジェームズ(演じるのはオルディス・ホッジ=Aldis Hodge)の家で息をひそめて生活していました。まもなくエイドリアンが自殺したという知らせがとどき、多額の遺産を相続することになります。

現在、一般公開中の「透明人間」((C)2020 Universal Pictures)。

そのころからセシリアは“何者か”の存在を感じるようになります。エイドリアンとの生活によるプレッシャーというだけでなく、実際にものがなくなったり、覚えのないメールが送信されたりします。“見えない存在”を証明することができないセシリアは疑心暗鬼となり、やがては孤立してしまいます。意を決してかつて暮らしたエイドリアンの豪邸に足を踏み入れるセシリア。そこにはエイドリアンの“もうひとつの遺産”が残されていたのでした。

“透明人間”というキャラクターは、英国人作家、H・G・ウェルズ(Herbert George Wells、1866-1946)が1897年に著した「透明人間」(The Invisible Man)に登場するもので、原作では科学者が自作した薬品で自分を透明にしてしまいます。これを映画化したのが1933年の「透明人間」で、原作に忠実な映像化作品でした。

ウイキペディアによると、批評家支持率は91%、平均点が10点満点で7.69点と高評価で、2月28日に全米3610館で公開され、公開初週末に2820万ドル(約28億2000万円)を稼ぎ出し、週末興行収入ランキング初登場1位となった。

本作「透明人間」(The Invisible Man、2020年)の監督・脚本であるリー・ワネル(Leigh Whannell)はこの2作品を原作として挙げています。
「ウェルズの小説が出た時や、初めて長編映画化された時、彼(注・透明人間)は人を怖がらせた。だが今の観客はその頃とは違う」(パンフレットより)

今回、重要な登場人物であるエイドリアンが光学技術の専門家、というのは現実味を感じました。「薬品で透明になる」というのは「今や説得力がない」(パンフレット)のです。人体を透明にしても、色素も抜けてしまうと、視覚を得られないそうです。“手さぐりで動く透明人間”では、脚本の組み立てが制約だらけになるでしょう(それはそれで、秀作が生まれるかもしれませんが)。

本作の主役は、透明人間ではなく、対峙するセシリアという女性にしたのはワネル監督の発想なのだそうです。「被害者の視点から描くべきだ。(中略)シーンが次々と脳裏に展開して止まらなくなり、撮影方法まで考えていた。アイデアが僕を選んだんだ。僕が選んだのではなく」(パンフレット)

本作の“透明人間”は、医学薬学ではなく、電子工学で産み出されています。いわゆる“視覚的ステルス(見えない)”の技術で、実際に試験的なものがいくつかの研究機関で開発されていますから、一個人の異能ではないというのも、一連の作品群とは一線を画しています。

本作では“見えない”という部分にフォーカスしているのは、タイトル名だけではありません。

たとえば、亡くなったエイドリアンの遺産をセシリアに託すのは彼の兄の弁護士であり、遺産を受け取るにあたっての“法律的制約”という力が発揮されます。セシリアを助ける妹との家族愛や、彼女を匿う友人ジェームスとの友誼もまた、映像で確認することができないものです。

さらには、セシリアが遺産として受けることになった大金もパワーのひとつです。自分や他者を助けることもできれば(劇中でセシリアが“ほどこし”の行動も)、犯罪やトラブルを誘発することにもなります。

高額の宝くじに当たった人物が、当選する前よりも不幸な状況になるという事例は厖大に存在します。その一方で、こうした幸運を活用して、成功をつかむこともまた、あり得ることです。

本作の制作費は700万ドル(約7億円)と、ハリウッド産としては小規模な作品となっていますが、現時点での興行収入は1億2000万ドル(約120億円)を越えるヒットとなっています。1日の出演料が100万ドル(約1億円)というスターがひしめくハリウッドで、リーズナブルで大きな成功を達成したといえるでしょう。

最後になりますが、偶然、“見える、見えない”について、日本の映画人の一文を見かけました。
「これまで、人は怖いものを見るとパッと目を背けるものだと思っていた。しかし、撮影をしてみると、人は恐怖の瞬間、むしろ、吸いよせられるように対象を見てしまうことに気づいた」(2020年7月19日読売新聞)

記したのはネット配信のホラー作品を配信中の三宅唱(みやけ・しょう)監督です。「見えないからこそ、見ようとしてしまう」、これこそ“透明人間”の本質なのでしょうか。次回は「悪人伝」の予定です(敬称略。【ケイシーの映画冗報】は映画通のケイシーさんが映画をテーマにして自由に書きます。時には最新作の紹介になることや、過去の作品に言及することもあります。当分の間、隔週木曜日に掲載します。また、画像の説明、編集注は著者と関係ありません)。

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