フィルム撮影、大がかりな仕掛けなどと2度見が必要な「テネット」(299)

【ケイシーの映画冗報=2020年10月1日】いま現在、新型コロナウイルスの流行により、各国の映画館では観客総数の減少や、公開作品の変更や延期により、かなりのダメージを受けています。「こういう時こそ、エンターメイメント作品を楽しみたい」のですが、1年前には想像もできなかった面倒な状況となっています。

現在、一般公開中の「TENET テネット」((C)2020 Warner Bros Entertainment Inc. All Rights Reserved)。制作費は2億2500万ドル(約225億円)で、原題が回文(かいぶん、前から読んでも後ろから読んでも同じ)になっている。

そんななか、日本で映画館に観客を引きこんでいる作品(9月19、20日)が本作「TENET テネット」で、本国アメリカでも本年度の上位に食い込み、ポスト・コロナ下では最大のヒット作となっています。

CIA(中央情報局)のエージェントである“名もなき男”(以降、原音の直訳である主人公、演じるのはジョン・デイビッド・ワシントン=John David Washington)は、ある任務に失敗し、自殺をこころみます。意識を取り戻した主人公はこれがテストであったことを教えられ、合格したことで重大な任務を与えられます。時間を逆行させる技術を悪用した大きな陰謀が進んでおり、これを阻止せよというものでした。

相棒となったニール(演じるのはロバート・パティンソン=Robert Pattinson)と任務にあたる主人公が、“テネット”というキーワードとともに“未来から来た銃弾”を追っていると、大富豪の武器商人であるセイター(演じるのはケネス・ブラナー=Kenneth Branagh )に辿り着きます。

主人公はセイターの妻であるキャット(演じるのはエリザベス・デビッキ=Elizabeth Debicki)のトラブルを解決したことによってセイターに近づき、世界を滅亡させるほどのおおきな陰謀を知ることになります。それをくい止めるため、主人公は自分たちも“時間逆行”の技術を使うことでセイターと対決するのです。

「巨大な陰謀と、それを阻止するエージェント」という構図は、「世界で最も有名なスパイ」である「007」シリーズと同一といえます。

本作の監督・脚本であるクリストファー・ノーラン(Christopher Nolan)は、「007」からの影響を公言しており、最初にスクリーンで見たスパイ映画が「007/私を愛したスパイ」(The Spy Who Loved Me、1977年)であり、「私はキャリアの大半を、あの時の感覚を呼び覚ますこと、そして観客に提供することに費やしてきた」(パンフレットより)と語っていますので、本作でも随所にそれを感じさせる表現がなされています。

では、本作も「スパイアクション映画」と安易にくくれるのでしょうか?決してそうではありません。

まず、“時間逆行”という、ノーラン監督いわく「実際の科学にゆるく基づいて作られた物語」(パンフレットより)というSFチックなアイディア。

いわゆる“時間旅行”ではなく、「未来から過去への干渉」だけが許される世界観で構成されており、作品世界にもさまざまな制約がほどこされることによって、「荒唐無稽でありながらも、どこか地に足のついた」良質なSF作品となっています。

スパイアクションとしての要素も、“名もなき男”(原音ではThe Protagonisti、主人公)とハードボイルド小説の一人称的な人物について、劇中で与えられる断片的なもの以外の情報を与えられません。007ことジェームス・ボンド(James Bond)が好みのアルコールから腕時計の趣味まで描かれているのと対照的です。

とはいえ、本作のクライマックスでは、腕時計が重要なアイテムとして登場しているのは、007シリーズの影響でしょう。ノーラン監督に製品を提供する時計ブランドのハミルトン(Hamilton)が、本作のためにオリジナルの時計を仕立てています。ノーラン監督の作品はつねに「時間」を大きなテーマとして盛り込むので、有名ブランドによるオリジナルの時計は、その世界観に大きく貢献しているはずです。

こうした細やかな部分と対照的に、大がかりな仕掛けを楽しめるのもノーラン監督の持ち味です。デジタル全盛の映画界ですが、ノーラン監督はフィルム撮影を好み、大がかりな舞台や実物大の造形物を用意して、実体とキャストを共演させることを求めるクリエイターなのです。

本作でも、実際の空港で実物のジェット旅客機を使った撮影など、まるで本当に事故が起こったかのような迫力で、それがまた、劇中でも効果的に二次使用(繰り返し)することで、ストーリーの深みを増しています。これは安易な再利用ではなく、ストーリー面でも納得の使用法でした。白状しますと、1回見ただけでは、表層の一部しか理解できていないのです。劇場には複数回、足を運ぶ必要があると思いますし、そうするべき重厚な逸品だと感じています。

次回は「ウルフズ・コール」の予定です(敬称略。【ケイシーの映画冗報】は映画通のケイシーさんが映画をテーマにして自由に書きます。時には最新作の紹介になることや、過去の作品に言及することもあります。当分の間、隔週木曜日に掲載します。また、画像の説明、編集注は著者と関係ありません)。