残酷、過激な描写があっても、アイロニーに満ちた興味深い「ハント」(302)

【ケイシーの映画冗報=2020年11月12日】4年に一度おこなわれるアメリカの大統領選挙ですが、今回は特に帰趨(きすう)の見えない状況となりました。

残酷、過激な描写があっても、アイロニーに満ちた興味深い「ハント」(302)

前回の選挙では、政治経験のない実業家のドナルド・トランプ(Donald Trump)が大方の予想を覆して大統領となり、「アメリカ第一主義」を掲げた結果、アメリカでは人種による差別や、政治信条の違いによる国内世論の分断がさらに拡大したとされています。

現状においては、アメリカだけでなく、世界的にネット上での情報によって、現実の世界が動いていることに異論はないでしょう。

今回の大統領選挙でも、「Qアノン(QAnon)」と呼ばれる陰謀論を肯定する人々が(あくまで一部でしょうが)、トランプ大統領の再選を強く望み、過激な行動にでていると報道されています。

この「Qアノン」が信じるエピソードに「ピザ店が児童買春のアジトである」というものがあり、これを信じた人物が実際にピザ店を襲い、銃撃するといった事件も起きています。

12人の男女が目を覚ましたとき、そこは人里はなれた森の中でした。やがてかれらは大きな木箱を見つけますが、その中には1匹の子豚と、銃や刀といった武器があるだけ。他に手がかりもなく、得体の知れない状況のまま、彼らが目の前の武器を手にしたとき、銃声が轟きます。

数人が撃ち倒され、逃げまどう人々。そのなかにあって、冷静な女性クリスタル(演じるのはベティ・ギルピン=Betty Gilpin)は、この状況を「自分たちを獲物とした殺人ゲーム」であると悟り、反撃を開始します。

クリスタルたちを狙ってきたのは、社会的には成功しているものの、どこか緊張感に欠けたメンバーで、無線で指揮をとるアシーナ(演じるのはヒラリー・スワンク=Hilary Swank)をのぞいて、自身に危険が迫っていることなど、考えてもいませんでした。

アシーナは、クリスタルとの対決を意識しており、クリスタルもまた、元凶であるアシーナとの決着を望んでいたのです。

本作「ザ・ハント」(The Hunt、2020年)のアメリカでの公開は、昨年9月の予定でした。ところが、本作の内容が「(トランプ大統領の)現在のアメリカ政治を批判する作品」とされ、ついにはトランプ大統領本人がツイッターで「(本作の公開が)国家にとって非常に有害」と表現、配給するユニバーサル映画は一時、劇場公開を延期し、ようやく本年3月にアメリカ公開になったというエピソードがあります。

こうした曰く付きの作品のため、今般の状況により、劇場での鑑賞は難しいかと思っていたのですが、無事(?)に公開されたのでなによりでした。

本作の第一印象は、“心地よいハズシ”でした。エンターメイメント作品を楽しむ回数が重なってくると、自然に「これはどこかで見た(読んだ、聞いた)」ということを勝手に思索するようになってきます。漠然とはあっても、どこか“次の流れ”を読み取ろうとなっていきます。

本作はこれがアッサリと否定されていき、「そうきたか」と(だいぶ視点が上位ですが)、素直に楽しめました。

要約すると「貧困層対富裕層」や「リベラル対保守層」といったイメージを想起するストーリーとなっていますが、劇中の描き方は両方を丁寧に揶揄(やゆ)しており、肯定でも否定でもないのです。「どっちもヘン」的な視点といえるかもしれません。

“狩られる”人々はネット上の陰謀論を“マジメ”に信じており、「そんなバカな」という情報を真剣にとらえ、疑問すら感じていないように見えます。

ハンター側も、この危険なゲームに、ホームパーティーかなにかのように参加しており、「獲物に逆襲される」ことなど、気にかけていないように振る舞っています。自分たちで相手に武器を提供しているのに!?

獲物の立場から逆襲に転じるクリスタルも、決して立派な人物ではなく、相手を強く罵り、無抵抗な相手にも容赦のない行動にでます。自身の生命がかかっているので、当然といえば当然なのですが、「映画的お約束」からは少々逸脱した存在といえるでしょう。

むしろ、主催側のアシーナの振る舞いのほうが洗練されています。やっていることはとんでもないのですが。

いわゆる“超大作”でも“文芸作品”でもなく、それなりの残酷描写や過激なシーンが散見されるので、万人に向けておすすめはできないというのがいつわらざる心境ですが、89分と短尺ですし、全編にアイロニーに満ちた、興味深い一作となってますので、機会があればぜひご鑑賞を。次回は「日本沈没2020」を予定しています(敬称略。【ケイシーの映画冗報】は映画通のケイシーさんが映画をテーマにして自由に書きます。時には最新作の紹介になることや、過去の作品に言及することもあります。当分の間、隔週木曜日に掲載します。また、画像の説明、編集注は著者と関係ありません)。