1頭の馬を通して戦争の悲惨さを描いた上質な「戦火の馬」(79)

【ケイシーの映画冗報】「戦火の馬」を監督したのはスティーヴン・スピルバーグ(Steven Spielberg)です。本項では彼の監督作品としては2011年12月8日に「タンタンの冒険/ユニコーン号の秘密」を取り上げています。

早撮りで知られる(3時間の大作「プライベート・ライアン」(Saving Private Ryan、1998年)を2カ月以内で撮ってしまった)というスピルバーグにしても、120日ほどで劇場用作品を2本仕上げるというのは尋常な仕事量ではありません。

これについては、本人が種明かしをしてくれました。
「(3年にわたる制作期間となった)『タンタン』にかんしては、僕が何もしなくていい時期が丸1年あったんだ(笑)。そのタイミングで『戦火の馬』に出会ったんだよ」(月刊「映画秘宝」2012年4月号)。

似たような例に、ロバート・ゼメキス(Robert Zemeckis)が、「キャスト・ア ウェイ」(Cast Away、2000年)と「ホワット・ライズ・ビニース」(What lies Beneath、2000年)という2本の監督作品を5カ月ほどのインターバルで公開したことがありました。

これは「キャスト・アウェイ」で南海の孤島でサバイバル生活を送る主人公を演じるトム・ハンクス(Tom Hanks)が、漂流者としての役作りのための減量期間中、本編の撮影が休みになったので、手持ち無沙汰のゼメキス監督が、もう1本の「ホワット・ライズ・ビニース」を撮っていたというものです。

本作の基本ラインはイギリス生まれの馬ジョーイと、そのジョーイを大きな愛情を持って育てた少年アルバート(演じるのはジェレミー・アーヴァイン=Jeremy Irvine)との交流ということになりますが、作品の大部分において、ジョーイとアルバートは、離ればなれとなっています。

第1次世界大戦(1914年7月28日から1918年11月11日)の勃発により、軍馬としてイギリス軍に買い取られたジョーイは、騎兵将校のニコルズ大尉(演じるのはトム・ヒ ドルストン=Tom Hiddleston)の騎馬として、フランスの戦地に赴きます。

19世紀まで、騎兵部隊の突撃は戦いの帰すうを決める重要なものでした。よく目立つ、きらびやかな軍服に身を包んだ騎兵が御する数百キロの重さの馬が、一糸乱れずに集団で突進することが、戦車も飛行機もない戦場では、もっとも恐れられた戦法だったのです。

ニコルズ大尉の配属された騎兵部隊は、敵であるドイツ軍への奇襲攻撃をおこない、油断していた敵軍を打ち破ったかに見えましたが、ドイツ軍は大量の機関銃を配しており、その連射連撃によってイギリス騎兵隊は壊滅、ニコルズ大尉も戦死し、騎手を喪ったジョーイはドイツ軍の軍馬として働かされることになります。

その後のジョーイは、ドイツ兵の脱走に使われたり、フランス人少女の愛馬となったり、またドイツ軍に徴発されたりと、流転の生活を送っていきます。

その一方で、ジョーイとの再会を願うアルバートはイギリス軍に志願し、フランス戦線の塹壕(ざんごう)に身を置いていました。そこは銃砲弾がひっきりなしに飛び交い、泥にまみれた劣悪な世界でした。豪奢(ごうしゃ)な軍服などなく、汚れきった姿でだれもが首をすくめて歩いています。

ヨーロッパで「一番ひどい戦争」というと第1次大戦を意味することが少なくないそうです。4年3カ月の長期戦だったのですが、当事者は「短期決戦」で終わると信じ、8月ころに開戦したとき、フランス軍の合い言葉は「クリスマスはベルリンで(祝おう)」で、ドイツ軍も同様に「クリスマスはパリで」と語り合ったといいます。

潜水艦や飛行機が戦場に送られ、本作にもチラリと姿を見せる戦車が発明されたのも第1次大戦でした。ヨーロッパの戦闘員860万人(ほかに非戦闘員の死者が約1000万人)が戦死したこの戦争のあと第2次世界大戦(1939年から1945年)が起こるまで、第1次大戦は「諸戦争を終わらせる戦争(War to end wars)」とも呼ばれました。当時は「もう大きな戦争はないだろう」と考え、そう信じた人々は多かったのです。

現代に生きるわれわれは、上記のようなことはありえなかったことは承知なのですが、近現代史の研究家たちによれば「第1次大戦からの比較的平和だった20年間に、ちゃんとした策を各国政府が講じておけば、第2次大戦の戦禍は実際よりも縮小、あるいは発生しなかったのではないか」という説も主張されています。

「忙中閑あり」にどう処するのかは、人間にとって重要なのかもしれません。スピルバーグ監督は、そうした時間を活用し、アカデミー賞6部門にノミネートされる作品を生み出しています。ノミネートだけという結果に終わりましたが、本作は戦火に翻弄(ほんろう)される人々を1頭の馬を置くことで活写した上質な1本だと感じました。

次回は「マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙」を予定しています(敬称略。【ケイシーの映画冗報】は映画通のケイシーさんが映画をテーマにして自由に書きます。時には最新作の紹介になることも、過去の作品に言及することもあります。当分の間、隔週木曜日に掲載します)。