丸善日本橋でリュージュ・オルゴール展、鈴木郁夫がデモ

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【銀座新聞ニュース=2013年8月20日】丸善・日本橋店(東京都中央区日本橋2-3-10、03-6214-2001)は8月21日から27日まで3階ギャラリーで「スイス リュージュ社製オルゴール展-もうひとつの音楽会」を開催する。

丸善・日本橋店で8月21日から27日まで開催される「スイス リュージュ社製オルゴール展-もうひとつの音楽会」に出品されるオルゴール。

丸善・日本橋店で8月21日から27日まで開催される「スイス リュージュ社製オルゴール展-もうひとつの音楽会」に出品されるオルゴール。

スイス・リュージュ(Reuge)社のオルゴールを中心に、アンティークオルゴール、ジュモー(レプリカ)のからくり人形などを展示販売する。また、「いくさ工房」を主宰する鈴木郁夫(すずき・いくお)さんがオートマタ(機械仕掛けで動くヨーロッパのからくり人形)のデモンストレーションを行う。

「伊豆オルゴール館」によると、オルゴールは1796年にスイスの時計職人のアントワーヌ・ファーブル(Antoine Favre-Salomon、1734-1820)が小さな懐中時計に演奏装置を組み込むために作ったとされている。それまでは、調律したベルを並べ打っていたが、細長い鉄製の歯を使うことにより、小さくすることができた。

初期は時計、印鑑、タバコ入れなどの付属品として組み込まれたが、1920年ごろに音楽を楽しむための箱に入ったオルゴールができたという。それ以後、改良、工夫が加えられ、アンティーク・オルゴールの最盛期を迎え、スイスの輸出額の10パーセントを占めるまでになった。

1885年にドイツでディスク・オルゴールが発明され、ポール・ロッホマン(Paul Rohoman)が曲目を簡単に取替えられるようにするため、シリンダーの代わりに金属ディスクを使用する方法を考え出し、ディスクの交換も容易で、普及し、ドイツのメーカーがアメリカに工場を設立した。

20世紀に入ると、蓄音機をはじめ、ラジオや映画、自動演奏楽器などが発達し、1920年までにほとんどの会社がオルゴールの生産をやめてしまった。その後、第2次世界大戦(1939年から1945年)が終わると、ヨーロッパや日本に駐留していたアメリカの軍人が帰国する際に宝石箱などのオルゴールを土産として買い求め、需要が増えた。

リュージュはスイスの時計職人、シャルル・リュージュ(Charles Reuge、1839-1887)が1865年にサンクロアで音の出る懐中時計を製作したのがはじまりで、2代目のアルベール・リュージュ(Albert Reuge)が1886年に会社組織にした。

初期は時計ムーブメントや小型オルゴールムーブメントメーカーで、1977年にシンギングバードメーカーの「エシュレ(Eschle)」、1985年にトーレンスのオルゴール部門を買収、1986年に「ラドール(Lador)」、1991年に「ケンデ(Cuendet)」を買収し、現在はオルゴールメーカーとして知られている。

会期中、鈴木郁夫さんが会場でデモンストレーションを行う。

鈴木郁夫さんは1942年長野県上田市生まれ、1961年に上田千曲高校機械科を卒業、同年に三協精機に入社、オルゴール・ムーブメントの設計を担当し、1975年に三協商事に転職、オルゴール商品やからくり人形の開発を手がけ、1997年に三協精機を退社、1998年に「いくさ工房」を設立、アンティーク・オートマタの復刻を中心に開発し、2007年に世界初の50弁オルゴールを駆動させた「室内楽」を完成した。

開場時間は9時から21時(最終日は15時)まで、入場は無料。