映画界の裏表を描き、暗い部分にも目を向けた「ヘイル、シーザー」(187)

【ケイシーの映画冗報=2016年5月19日】1950年代という、ハリウッドがもっとも輝いていた時代。キャピトル・ピクチャーズ・スタジオのマニックス(演じるのはジョシュ・ブローリン=Josh Brolin)は、撮影所の内外で起こるさまざまな揉めごとを解決するトラブル・シューターとして奔走する日々を送っています。

現在、一般公開中の「ヘイル、シーザー!」((C) Universal Pictures)。制作費が2200万ドル(約22億円)で、興行収入が世界で6282万ドル(約62億8200万円)。

現在、一般公開中の「ヘイル、シーザー!」((C) Universal Pictures)。制作費が2200万ドル(約22億円)で、興行収入が世界で6282万ドル(約62億8200万円)。

監督による新人女優への“おイタ”や、私生活に問題のある清純派ヒロインのディアナ(演じるのはスカーレット・ヨハンソン=Scarlett Johansson)のスキャンダルへの対応や、突然の主役交代に頭を抱えるベテラン監督の愚痴を聞き、なだめてやるといった比較的こまやかなものから、歴史超大作「ヘイル、シーザー!」のストーリー上の問題を宗教関係者とすり合わせるというような映画の成否にかかわる問題まで手がけ、まさに分刻みのスケジュールをこなしていました。

そのスタジオ内で撮影中の「ヘイル、シーザー!」に主演しているスーパー・スターのウィットロック(演じるのはジョージ・クルーニー=George Clooney)が、撮影所から忽然と消えてしまいます。「ウィットロックならいつものこと」と、さほど気にしていなかったマニックスでしたが、身代金をもとめる脅迫状の存在が明らかになったことから、深刻な事態であることを悟ります。

隠密裏に解決しようとするマニックスですが、撮影所でのトラブルはひっきりなし、くわえてスターであるウィットロックのゴシップを探す芸能マスコミもあらわれます。そして、マニックス本人も、ある重大な決断を迫られていたのでした。

本作「ヘイル、シーザー!」(Hail,Caesar!、2016年)の脚本/監督である兄ジョエル(Joel)と弟のイーサン(Ethan)の、コーエン兄弟(Coen Brothers)は、子ども時代から8ミリで映画を撮っていたという筋金入りで、その映画への愛情は本作でも存分に楽しめます。

なにしろ、作品の舞台が撮影スタジオなので、「ヘイル、シーザー!」のような歴史劇、ディアナが人魚に扮して水中を舞い踊る水中バレエ、エンタティメントに徹底したアクション西部劇、アクロバティックなダンスが楽しめるミュージカルなどを撮影シーンもふくめて再現しており、華麗できらびやかだった往時の撮影所風景を楽しませてくれます。

その一方で、「夢を売る」という映画スターの存在を守るためにゴシップや下世話なトラブルを打ち消すマニックスのような、「撮影には直接、関わりがない」裏方がカメラのないところで奮闘しているという、大手の映画会社が映画産業をコントロールしていた往年のハリウッド(スタジオ)・システムにおける映画界の裏表を軽妙な描写で語ってくれているのです。

個人的に印象が強く残ったシーンがあります。西部劇専門のアクション・スターであるドイル(演じるのはアルデン・エーレンライク=Alden Ehrenreich)が、いきなり華麗な社交界を描くロマンス映画の主役として抜擢(?)され、上品な振る舞いに四苦八苦したり、セリフの訛りを監督のローレンツ(演じるのはレイフ・ファインズ=Ralph Fiennes)に矯正されるのにうまく話せない・・・。という状況で、演劇学科だった自分には、少しばかり想いあたるフシもあるシチュエーションでありました。

こうしたコミカルな面だけでなく、この時代のハリウッドに存在した、影の部分へも目配りを欠かしていません。

大スター、ウィットロックを誘拐したのは、マフィアでも誘拐犯でもなく、映画界で働いているのに、不当な扱いを受けてきた人々でした。本編でも語られますが、この時期のアメリカは東西冷戦の影響から共産主義者への恐怖が広がり、ソ連の原爆実験(1949年)や朝鮮戦争(1950年から1953年)により、反共意識が急速に高まっていたことから、「とくに(共産主義の)シンパが多い」とされた映画界ではすくなくないスターや監督、そして脚本家が共産主義に傾倒しているという嫌疑をかけられ、仕事を失った映画関係者も少なくありません。

そのなかのひとり、ダルトン・トランボ(Dalton Trumbo 1905-1976)は、ハリウッドを追放されながらも変名で脚本を書き、アカデミー賞を受けたという人物で、最近でもジェイ・ローチ(Jay Roach) 監督によって史実に則った構成で映画化され、「トランボ ハリウッドに最も嫌われた男」(Trumbo、2015年)として、7月に日本でも公開される予定です。

「ヘイル、シーザー!」は基本的に架空の物語であり、全編がコメディタッチでありながら、過去の暗い部分にも視点を向けた、奥行きのある作品といえるでしょう。次回は「マイケル・ムーアの世界侵略のススメ」を予定しています(敬称略。【ケイシーの映画冗報】は映画通のケイシーさんが映画をテーマにして自由に書きます。時には最新作の紹介になることや、過去の作品に言及することもあります。当分の間、隔週木曜日に掲載します。また、画像の説明は著者と関係ありません)。