主要国のいい所ばかり取り上げた「世界侵略のススメ」(188)

【ケイシーの映画冗報=2016年6月2日】精緻(せいち)な引用でありませんが、ある小説作品に、こんな表現がありました。

現在、一般公開中の「マイケル・ムーアの世界侵略のススメ」((C)2015, NORTH END PRODUCTIONS)。ムーア監督が過去の侵略戦争によってまったくよくならないアメリカを憂う国防総省に代わり、自らが「侵略者」としてヨーロッパに「出動」することを提案し、空母ロナルド・レーガンでヨーロッパに向かう、という設定。

現在、一般公開中の「マイケル・ムーアの世界侵略のススメ」((C)2015, NORTH END PRODUCTIONS)。ムーア監督が過去の侵略戦争によってまったくよくならないアメリカを憂う国防総省に代わり、自らが「侵略者」としてヨーロッパに「出動」することを提案し、空母ロナルド・レーガンでヨーロッパに向かう、という設定。

「グローバル・スタンダードなんていうモノはありはしない。みんな勝手に自分の価値観が最上だと信じて、押しつけあっているだけだ」

本作「マイケル・ムーアの世界侵略のススメ」(Where To Invade Next、2015年)を鑑賞したあと、真っ先に思い浮かべたのが上記の文面でした。制作、監督、脚本、出演のマイケル・ムーア(Michael Moore)は高校での銃乱射事件を追ったドキュメンタリー映画「ボーリング・フォー・コロンバイン」(Bowling for Columbine、2002年)でアメリカに広がる銃器の問題に真っ正面から切り込んだことで注目され、この作品で2003年のアカデミー賞授賞式において、長編ドキュメンタリー映画賞に輝いています。

その後も全米多発テロ事件での、アメリカ政府の対応のまずさを指摘した「華氏911」(Fahrenheit 9/11 、2004年)や、アメリカの医療制度に疑問を呈した「シッコ」(SiCKO 、2007年)、2007年から2008年にかけて世界経済が大打撃を受けた金融危機を掘り下げた「キャピタリズム-マネーは踊る」(Capitalism:A Love Story、2009年)といった作品を送り出しています。

その制作ポリシーは一貫しており、国家権力やカネ集めに奔走する保険会社や金融業界への疑問をダイレクトに表現するというもので、このスタンスは一貫しています。2003年に政治的発言を禁じているアカデミー賞のスピーチで、イラクへの軍事侵攻(侵略?)を断行したジョージ・ブッシュ(George W.Bush)大統領(当時)に「恥を知れ!」と叫び、コメントを中断させられるほどでしたから。

そんなムーア監督が、よりによってアメリカ政府から「世界各国を“侵略”せよ」という指令を受けます。星条旗をかかげて“侵略”に向かうムーア監督ですが、かれは3つのルールを自分に課したそうです。
「1.人を撃たない、2.石油を奪わない、3.アメリカに取り入れられるものを持ちかえる」(パンフレットより)

最初に足を踏み入れたのはイタリア。アメリカでは「基本的にゼロだよ」という有給休暇を8週間も与えられることに驚愕(きょうがく)します。次いで向かったフランスの小学校では、一流レストランと見紛う豪華な給食を味わいます。このとき、現地の小学生に“アメリカン・ウェイ(アメリカ式)”の食事を見せますが、子どもたちの反応は・・・。

続いて、学校ということで、テストがなく宿題も廃止されたというのに学力は世界でもトップレベルというフィンランドへ。大学の授業料が(外国人であっても)無料という東欧のスロベニアでは、なんと大統領と面会することに。

次いで、週36時間労働で、休日には仕事の連絡を禁止しているという労働者への手厚い福利厚生をドイツで学び、危険薬物の合法化によって薬物犯罪を一掃したというポルトガルを訪れます。

さらには、囚人を束縛せず、自由な環境で社会復帰を促す施設として刑務所を運営するノルウェー、女性が独裁政権打倒の原動力となったアフリカのチュニジア、世界で初めて選挙によって女性大統領が生まれたアイスランドへと、ムーア監督の“侵略”は続きます。
「日本の常識は世界の非常識」という表現がありますが、日本がアメリカに置き換わったような実情を知ったムーア監督は、当初の目的を果たすことができるのか。

ムーア監督によると原題の「Where to Invade Next」は「次はどこを侵略するか」という意味であり、皮肉をこめた命名とのことです。

「『侵略』したいのなら他国のよい政策を学ぶために『侵略』すべきです」(しんぶん赤旗日曜版・05月29日号)

とはいえ、ムーア監督の“侵略”にさらされた各国に問題がないわけではありません。イタリアの失業率は深刻なレベルですし、フランスは国策によって兵器の輸出を増やしており、ドイツも熱心です。軍の近代化のため、中古の余剰兵器を他国に売却することは日本以外の大国では当たり前のように行われています。

本作ではドイツでおこなわれている、ナチス時代の負の歴史についての授業が紹介されますが、現実にはドイツ国内にナチスを礼賛する勢力が存在しています。

こうした負の側面に、本作ではいっさい触れていません。これを否定的に見る向きもあるかもしれませんが、ムーア監督はこう述べています。
「みんな十分に事実は知っているわけだから(後略)」(パンフレットより)

「では、どう解決するのか?」各国をめぐったムーア監督は、歴史の転換点となったある場所で、未来について語ってくれますが、これはぜひ劇場でお聞きください。次回は「マネーモンスター」を予定しています(敬称略。【ケイシーの映画冗報】は映画通のケイシーさんが映画をテーマにして自由に書きます。時には最新作の紹介になることや、過去の作品に言及することもあります。当分の間、隔週木曜日に掲載します。また、画像の説明は著者と関係ありません)。