ネガの「行間」に世界大戦を髣髴とさせる「七人の侍」(199)

【ケイシーの映画冗報=2016年11月3日】最初にお断りです。予定しておりました「アイアン・ジャイアント シグネチャー」ですが、公開直前になって「諸般の事情により」一旦公開が中止となってしまいました。

1954年に公開された「七人の侍」。黒沢明監督が1年をかけて当時の技の粋を凝らして制作し、世界的に影響を与えた作品だ。制作費は2億1000万円(当時)で、収入が2億7000万円だった。

1954年に公開された「七人の侍」。黒沢明監督が1年をかけて当時の技の粋を凝らして制作し、世界的に影響を与えた作品だ。制作費は2億1000万円(当時)で、収入が2億7000万円だった。

こういう時には「助っ人」に頼むのが常道ということで、映画界でも最高峰の助っ人が登場する「七人の侍」(1954年)を取り上げることにしました。

時は戦国時代の後半、野武士(作中では野臥=のぶせり)の乱暴狼藉に苦しむ農民たちが侍を雇うことを決意する。やがて実践経験豊富な島田勘兵衛(しまだ・かんべえ、演じるのは志村喬=しむら・たかし、1905-1982)や、野性味いっぱいの菊千代(きくちよ、演じるのは三船敏郎=みふね・としろう、1920-1997)といった七人の侍が集まり、総勢数十騎という野武士たちと壮絶な戦いを繰り広げます。

ストーリーに関しては、とくに映画に興味がなくとも「聞いたことがある」というものですし、「数人の寄せ集め集団がなにかの目的に邁進(まいしん)する」というプロットはあらゆるストーリーメディアに“転用”されるほど魅力的なものなのですが、世にある“名作/傑作”にありがちなことに、「知識はあっても原典には触れていない(触れられない)」という状況に本作も陥っていました。

オリジナルのネガが現在も確認できず、またプリントされたフィルムの劣化も進んだため、“世界のクロサワ”こと日本映画界でも屈指の名監督である黒沢明(くろさわ・あきら、1910-1998)の最高傑作といわれながら、公開当時の状態での視聴が難しかったわけです。

いままでも幾度か音声面での修復はありましたが、上映時間3時間27分、30万コマにもなる映像すべてに手をかけた高画質、高音質の4Kリマスター版となったことで、まさに往年の名作が復活を遂げたわけです。

ささやかながら、自分が映画ファンとして心がけていることに「できるだけ劇場のスクリーンで鑑賞する」というのがあります。最近ではさまざまな方法で映画を楽しむことができますが、やはり、映画館でのスクリーンで視聴することが前提となっているのが映画なので、その原則に忠実でありたいと願っているわけです。もっとも、「我慢できなかった」作品も多々あるのですが。

「七人の侍」は、今回はじめて劇場で鑑賞したわけですが、やはり傑作であることを実感いたしました。時代背景やキャラクターの説明は各人の所作や会話のなかで観客に示されますが、言葉での表現は最小限とされ、その人となりを印象づけるような動作で語られます。

たとえば、七人の侍たちの寝姿では、剣の達人である久蔵(きゅうぞう、演じるのは宮口精二=みやぐち・せいじ、1913-1985)だけが横にならずに、壁や柱に背中を預け、刀を抱えたままという、奇襲に備えた剣客らしい姿勢で目を閉じるといったように。

物語も多面的で、武力にとぼしく、そのために侍たちを雇ったはずの農民たちが、じつは大量の刀創や甲冑を隠匿していたり、捕虜となった野武士を集団で“こらしめよう”とするのを侍たちが懸命に止めようとするのですが、結局・・・、というシーンなど、身分や立場を越えた人間という存在が根源的に持つ野蛮な一面も躊躇(ちゅうちょ)なく描き、“弱きを助け、強気をくじく”といった単純なヒーロー物語として描かないというのも好感を持ちました。

そして、それまでのチャンバラ、剣劇といった時代劇とは一線を画した、リアルさを求めたアクションこそ、本作の白眉といえるでしょう。致命傷を受けた者は悲鳴を上げることもなくその場にくず折れるという空虚な情景には、第2次世界大戦(1939年から1945年)の終結から9年という公開時のタイミングも重なり、当時は現実の厳しさを観客に訴えていたのではないでしょうか。

多くの映画人が称賛している最後の決戦シーン。スケジュールの遅れから冬場となり、現場の降雪を溶かすために降らせた豪雨のなかの戦闘シーンとなったわけですが、騎馬で突進してくる野武士に向かって、果敢に白刃を向けるも、間近でたじろいでしまって泥まみれになる菊千代に、「南方戦線で米軍の戦車に刀と小銃で立ち向かった旧日本軍の将兵を連想した」と友人が言っていました。

これも、スタッフ・キャスト陣に戦場からの復員兵が普通に存在していた、当時の日本映画界の投影のひとつだったというのも、あるのではないでしょうか。時代劇でありながら、随所の当時の空気感のようなものがまとわりついているわけです。

都内での劇場公開は明日にも終了してしまいますが、機会があればぜひ、劇場で観ていただき、往時の日本の映画と時代を感じ取っていただくのも、よい人生経験になると思いますので強くおすすめする次第です。次回は「ジャック・リーチャー NEVER GO BACK」の予定です(敬称略。【ケイシーの映画冗報】は映画通のケイシーさんが映画をテーマにして自由に書きます。時には最新作の紹介になることや、過去の作品に言及することもあります。当分の間、隔週木曜日に掲載します。また、画像の説明、編集注は著者と関係ありません)。