1人で青年から老年を演じ、時代を自在に操った「海賊男」(202)

【ケイシーの映画冗報=2016年12月15日】前回の作品「シークレット・オブ・モンスター」は、第1次世界大戦(1914年から1918年)が終結した直後のヨーロッパでおこなわれた講和条約が、物語の背景として描かれていました。

12月10日から一般公開される「海賊とよばれた男」((C)2016「海賊とよばれた男」製作委員会 (C)百田尚樹/講談社)。原作は百田尚樹の小説、主演が岡田准一、監督・脚本が山崎貴という2014年の邦画興行収入第1位となったヒット作「永遠の0」と同じメンバー。

この戦争で絶大な威力を発揮したのが戦車と飛行機で、いずれも燃料は石油を精製したガソリンでした。エンジンを積んだ乗り物のほとんどは船舶で、その燃料の大部分が石炭という時代だったのです。

本作「海賊とよばれた男」で、1912年、北九州の門司で国岡鉄造(くにおか・てつぞう、演じるのは岡田准一=おかだ・じゅんいち)は、自らが立ち上げた国岡商店を軸に石油製品の売り込みに奔走していましたが、成果は上がりませんでした。“アブラ”の需要がまだまだ少なく、販路は大手にガッチリと固められてしまっていたのです。

そこで国岡は奇策に出ます。海で漁をしている小型漁船に燃料を届けるという、“出前”でした。同業他社の手が出せない洋上で存分に“商売”を広げる国岡は、いつしか“海賊”という異名で呼ばれるようになりました。

しかし、今回は岡田と山崎のみがPRされ、百田の名前がどこにも出てこない。このため、百田はSNSで「今回は映画会社の広報に裏切られたのがショック。小説家を引退する」と宣言しているのだが。

その後も国岡と国岡商店は順調に成長を続けていきます。日本が勢力を広げる中国大陸に乗りこみ、太平洋戦争(1941年から1945年)では、日本が占領した南太平洋の島々にも国岡は部下を送り込んでいました。

そして敗戦。国岡は、国土が焼け野原となり、敗北にうちひしがれた日本の復興に、還暦を超えた年齢ながら突き進んでいきます。政府系の統制に入らず、日本を占領していたGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)には臆することなく対峙し、活路を開いていきます。

戦後復興とともに歩んでいく国岡と商店でしたが、巨大な壁に阻まれてしまいます。世界の石油流通を握る石油メジャーによる圧力と、世界情勢の変化でした。会社と社員をまもるため、国岡は大きな決断をします。

「メジャーの支配の及ばない、独立間もないイランから石油を融通する」
それは、戦争勃発のきっかけになりかねない、重大かつ危険な賭けでもありました。

本作に主演した岡田と、監督・脚本の山崎貴(やまざき・たかし)、そして原作小説を手がけた百田尚樹(ひゃくた・なおき)というトリオは2014年の邦画興行収入第1位となったヒット作「永遠の0(ゼロ)」と同じメンバーで、こちらは戦争を中心に据えた作品ではありませんが、戦前と戦後の日本を駆け抜けた人物を描くという意味では、太平洋戦争を中心とした「永遠の0」を補完するような位置づけの作品といえるでしょう。

常に挑戦をつづける主人公の国岡にはモデルがいます。出光興産創業者の出光佐三(いでみつ・さぞう、1885-1981)で、本当に劇中のような破天荒な一生を送っており、こうした傑出した人物の例に洩れず、毀誉褒貶(きよほうへん)相半ばするエピソードに彩られた95年の生涯を正面から素直に描けば、映画1本分の枠に収めることは不可能でしょう。なにしろ、原作小説も上下巻で800ページに近い長編なのですから。

その問題を山崎監督は、さまざまなエピソードを時系列に沿わせず、「いろんな時代の出来事をランダムに描いていくうちに国岡商店という大きな組織と、国岡鉄造という人物が見えてくる」(パンフレットより)という構成とし、作品全体をシェイプアップさせることで実現させています。

国岡役の岡田は、実年齢の35歳より若い20代から、90歳を超えた最晩年にいたる半世紀以上の時代をひとりで演じることで、全体の流れを破綻(はたん)させずに一本の筋を貫徹させているのです。

これが青年期、老年期と俳優を変えてしまうと、どうやっても同一人物の経験や成長ではなくなり(演者が異なるので当たり前ですが)、ストーリーのラインを固定しなければ、観客が作中人物への違和感を消し去ることができず、無用の混乱や戸惑い、「劇中はどの時代か」といった疑問を感じるという懸念が生じるでしょう。

時代が自在に移るからこそ、中心軸である国岡という存在がブレては作品がもたないわけです。もちろん、演じる岡田本人の力量、表現力は当然ですが、山崎監督による演出や時代の空気感まで表現したVFX(ビジュアル・エフェクツ)技術、老年期から最晩年までの“老け”を自在に操る特殊メイクの吉田茂正(よしだ・しげまさ)も大きく寄与しています。

この選択はかなり冒険的な挑戦であったはずですが、個人的には成功していると思います。今後も生まれる同系列の「歴史ドラマ」にとって、大きな試金石、ベンチマークとなるような逸品であると強く感じました。次回は「ローグ・ワン スター・ウォーズ ストーリー」を予定しています(敬称略。【ケイシーの映画冗報】は映画通のケイシーさんが映画をテーマにして自由に書きます。時には最新作の紹介になることや、過去の作品に言及することもあります。当分の間、隔週木曜日に掲載します。また、画像の説明、編集注は著者と関係ありません)。