テロとの戦いの現実を知ることのできる「世界一安全な戦場」(204)

【ケイシーの映画冗報=2017年1月12日】新年明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。前回の「スター・ウォーズ ローグ・ワン」は時代設定こそ「遠い昔、はるか銀河系の彼方で」となっていますが、宇宙船やビーム砲、ライトセーバーといった未来の兵器が活躍するSF映画です。

現在、一般公開中の「アイ・イン・ザ・スカイ 世界一安全な戦場」((C)eOne Films (EITS) Limited)。制作費が1300万ドル(約13億円)、興行収入が世界で3285万ドル(約32億8500万円)となっている。ベンソン中将を演じたアラン・リックマン(1946-2016)はこれが遺作となった。

今回、取り上げる「アイ・イン・ザ・スカイ 世界一安全な戦場」は現在の対テロ戦争を題材としていますが、そのなかで繰り広げられる「テロとの戦い」は、映像作品として多少の誇張があるとはいえ、小鳥や虫に模した偵察用ドローンが登場する、リアルな表現となっています。

イギリス軍の女性士官パウエル大佐(演じるのはヘレン・ミレン=Helen Mirren)は、アメリカと合同でおこなわれているテロ・ネットワークの掃討作戦を指揮していました。アフリカのケニア、ナイロビ上空を警戒する無人機が、テロ組織アル・シャバブの隠れ家に手配中のテロリストが集結していることを発見したため、パウエルは上官のベンソン中将(演じるのはアラン・リックマン=Alan Rickman)に報告を入れます。

イギリスの政府高官とともに会議室にこもるベンソンたちにテロリストたちの詳細が伝えられますが、その中にはイギリス、アメリカの国籍を有した人物も含まれていることが確実視されていました。

その間にも、パウエルのもとには、ナイロビの隠れ家でテロリストが自爆テロの準備を進めていることがリアルタイムで知らされます。ただちに攻撃することを進言するパウエルとベンソンですが、「テロリストとはいえ、自国民を攻撃する」ことをためらうイギリス、アメリカの政府高官たちとの間で協議が続けられます。

ついに攻撃許可が出され、ミサイルを積んだ無人機を操縦するアメリカ空軍のワッツ中尉(演じるのはアーロン・ポール=Aaron Paul)が目標を定めたとき、隠れ家のすぐ近くで現地人の少女がパンを売りはじめます。ミサイル攻撃はかなりの確率で少女を巻きこんでしまいますが、攻撃しなければ、テロリストの実行する自爆テロでさらに多くの市民が犠牲となるのは確実です。

長年の宿敵を抹殺することを優先するパウエルやベンソンら軍人たち。市民の犠牲を「政治生命の危機」として攻撃の許可をためらう政府関係者。ひとりの少女を照準に捉えて緊張するパイロットのワッツ中尉。数千キロを隔てて繰り広げられる緊迫したやりとりの結果、事態は攻撃へとシフトしてしまうのでした。

本作で観客に強く印象づけられるのが、「世界的なネットワーク」が確実に広がっているという現状です。パウエル大佐が指揮する対テロ司令部はロンドンから現地アフリカとネットでやりとりし、現地を監視する無人機のパイロットは、アメリカのネバダ州の空軍基地で操縦桿を握っています。

パウエル大佐に許可を出すベンソン中将は同じロンドンでも政府の会議室で事態を見守り、テロ容疑者のデータはハワイのアメリカ軍基地にある画像解析チームによって確認され、攻撃の可否はシンガポールの兵器見本市(!?)を視察中のイギリスの外務大臣と、中国で「ピンポン外交」をしているアメリカの国務長官へと求められるのです。

また、作中では具体的に触れてはいませんが、イギリスやアメリカ出身のイスラム系テロリストは、インターネットによる勧誘でテロ組織に身を投じてしまうそうですし、テロ組織による犯行声明がネット上で出されることも現在では一般的となっています。

敵も味方も、インターネットというおなじインフラで同居し、争っている。こうした矛盾は作品全体に貫かれています。非情な命令を下し、攻撃をためらう政府関係者にきびしく迫るベンソン中将が、じつは子煩悩な父親であり、また凄惨なテロ事件の現場を知ることから、テロとその実行組織に激しい感情を抱いていること。

路上でパンを売る少女が勉強を禁じられている(イスラム過激派は女性の学問や社会進出に否定的)ため、こっそりと算数を学んでいるシーンなどは、日本の観客には理解がむずかしいかもしれませんが、まぎれもない現実です。さらには、現地でテロリストが愛用している武装トラックのほとんどが日本製であることなどは、その典型でしょう。抜群の信頼性から、日本のトラックは機関銃をのせた武装車両として引く手あまたなのだそうです。

新年からけっして楽しい映画ではありませんが、現実を知るには価値のある作品であると強く感じました。次回は「ザ・コンサルタント」を予定しています(敬称略。【ケイシーの映画冗報】は映画通のケイシーさんが映画をテーマにして自由に書きます。時には最新作の紹介になることや、過去の作品に言及することもあります。当分の間、隔週木曜日に掲載します。また、画像の説明、編集注は著者と関係ありません)。