ハリウッドの世界観を甦えらせた「ラ・ラ・ランド」(208)

【ケイシーの映画冗報=2017年3月9日】2月26日(アメリカ時間)の第89回アカデミー賞授賞式、クライマックスのアカデミー作品賞の発表において、「事件」が発生しました。スタッフの手違いにより、最初に発表された作品は間違いで、作品賞は「ムーンライト Moonlight」であると訂正されたのです。

「ラ・ラ・ランド」(Photo credit: EW0001: Sebastian (Ryan Gosling) and Mia (Emma Stone) in LA LA LAND.Photo courtesy of Lionsgate.(C)2016 Summit Entertainment,LLC.All Rights Reserved.)。

わずか2分30秒ほどの「幻の作品賞」となったのが、今回の「ラ・ラ・ランド」です。ジャズピアニストのセブ(演yじるのはライアン・ゴズリング=Ryan Gosling)は、クリスマスの夜、オーナーの意に沿わない曲を弾いたことで、職を失ってしまいます。

そこに居合わせた映画女優を夢みるミア(演じるのはエマ・ストーン=Emma Stone)とセブは運命的な出会いをしますが、それはあかるい将来を感じさせないものでした。

出会いはひどかったものの、将来の夢を語り合うことで打ち解けたふたりは、ロサンゼルス、別名ラ・ラ・ランドの各地でデートを重ねるようになります。

やがて、セブは、前衛的なジャズ・シーンを魅せるバンドに加わります。それはミアとの生活と、自身の夢である本格的ジャズをお客に堪能させる店を開くためでもありました。

ミアも、あらたな挑戦に足を踏み出します。映画スタジオ内のコーヒーショップで働きながらオーディションに出るのではなく、自分で脚本を書き、自身で演じる独り芝居にチャレンジすることを決心したのです。

セブのバンドは人気となり、仕事に追われるセブは大きな失敗をしてしまいます。ミアの独り芝居の公演に大遅刻をしたのです。身内ばかりで観客も少なく、楽屋で酷評を聞いてしまったミアは女優への道をあきらめ、実家に帰ってしまいます。

夢を捨てたミアと、ミアを失ったセブでしたが、救いの手が差し伸べられます。ミアへのオーディションの誘いでした。なんとか再会したミアはこのオファーに消極的でしたが、セブの説得によって参加を決意します。

オーディションの手応えは良好でしたが、役を得ることはミアにとって、セブとの別離を意味するものでした。思い悩むミアの背中を押すセブ。大きな岐路にたったふたり、この物語の結末は・・・

監督・脚本のデイミアン・チャゼル(Damien Chazelle)は、「セッション」(Whiplash、2014年)という、若いジャズ・ドラマーを情熱的に描いた作品で注目を集めました。チャゼルは監督2作目のこの作品で、2015年の87回アカデミー賞で5部門にノミネート、助演男優賞に厳格な音楽教師を演じたJ・K・シモンズ(J.K.Simmons)が選ばれたのをはじめ、3部門で受賞しています。

本作でも「作品賞」こそかないませんでしたが、80年を超えるアカデミー賞の歴史のなかでも、最多タイの14ノミネート(13部門、歌曲賞で2つ)され、主演女優賞のエマ・ストーンや監督賞と6部門で受賞しています。さらにチャゼル監督は最年少の32歳での監督賞なのですから、だれもが認める実力を持っているのは間違いありません。

音楽は不得手なので、選曲や演奏、楽曲の解釈などは語ることはできませんが、本作に流れている1950年代、かつてハリウッドで多作されたミュージカル映画をふくめた、映画全体に対するチャゼル監督の思いを強く感じることはできました。

映画が始まった瞬間、冒頭にかかげられる「シネマスコープ」のテロップがその嚆矢(こうし)となります。普及がはじまったばかりのテレビが白黒で、画面が正方形にちかいデザインしかなかったころ、映画の世界はカラー化を一気に進めており、テレビを圧倒していたのです。とくにスクリーンが観客の視野に大きく広がる「シネマスコープ」はミュージカルで多用されました。

映画本編はロサンゼルス名物のひどい渋滞からはじまり、シネマスコープいっぱいに流麗かつダイナミックなダンスが披露されると、往年のミュージカル映画と同じシネマスコープの空間で、テクニカラー(天然色)を強調したカラフルな空間でビビッドな衣装をつけたキャストたちが、唄やダンスで観客を魅了していきます。

一方の過去へのオマージュは、セブのキャラクターに強く反映されています。セブは、曲を聴いたり演奏を学ぶのはカセットテープにレコードと、およそスマホ時代のミュージシャンとは思えないほど、アナログ的なキャラクターとなっています。

「かつてのハリウッド映画の持っていた世界観を現代に甦えらせたい」に違いないチャゼル監督の想いが作品として結実し、結果的には幻となってしまったとはいえ、作品賞にもふさわさしい、と強く感じます。次回は「モアナと伝説の海」を予定しています(敬称略。【ケイシーの映画冗報】は映画通のケイシーさんが映画をテーマにして自由に書きます。時には最新作の紹介になることや、過去の作品に言及することもあります。当分の間、隔週木曜日に掲載します。また、画像の説明、編集注は著者と関係ありません)。