小さなエピソードにより作品を深めた「バーニング・オーシャン」(212)

【ケイシーの映画冗報=2017年5月4日】2010年4月20日。アメリカ、ルイジアナ州に面したメキシコ湾で大規模な石油施設の事故が発生し、大量の原油が流出して、深刻な環境破壊を引き起こしました。

現在、一般公開中の「バーニング・オーシャン」((C) 2016 Summit Entertainment, LLC. All Rights Reserved.)。

本作「バーニング・オーシャン」(Deepwater Horizon、2016年)はこの「メキシコ湾原油流出事故」の直接原因となった海洋石油掘削施設「ディープウォーター・ホライゾン(以下DH)」での爆発事故を描いた作品です。

石油掘削会社トランスオーシャンに所属する電気設備のチーフ技師マイク(演じるのはマーク・ウォールバーグ=Mark Wahlberg)は4月20日の朝、妻と娘を置いて、メキシコ湾に浮かぶ石油掘削施設「DH」に赴きます。「DH」では顔なじみの上司である掘削施設主任のジミー(演じるのはカート・ラッセル=Kurt Russell)らとの再会を楽しみますが、早速仕事に取りかかります。洋上での作業が長期間におよんでいる「HD」では、故障と不具合がいたるところに起きていたのです。

その一方では掘削作業に遅れが出ているとして、油田を所有するBP社の役員ドナルド(演じるのはジョン・マルコヴィッチ=John Malkovich)は工期の後れを取り戻すため、拙速な作業を現場責任者のジミーにもとめます。

制作費は1億1000万ドル(約110億円)で興行収入が6143万ドル(約61億4300万円)。

現場責任者として、安全を軽視するドナルドの方針に反対するジミーでしたが、ドナルドに押し切られるかたちで採油作業がはじめられます。

ところが、水深1500メートルに掘られた掘削現場では危険な兆候が続いており、それは掘削パイプを通じて「HD」に向かっていたのです。

本作の監督であるピーター・バーグ((Peter Berg)の前作は、アメリカ海軍特殊部隊ネイビー・シールズが大損害を受けたレッドウィング作戦を映画化した「ローン・サバイバー」(Lone Survivor、2013年)で、主演もおなじウォルバーグとなっています。

「ローン・サバイバー」も同様ですが、本作も主人公たちの日常を描く前半部分から、後半を主題となる「事件」へとフォーカスしていきます。

「ローン・サバイバー」の主題は軍事作戦ですから、「覚悟の上」という登場人物ですが、作業スタッフが常駐し、生活の場でもある海上油田プラントが炎に包まれるというのは、観客にあたえるインパクトがより強いのではないでしょうか?

劇中ではシャワー・ルームで負傷したジミーのシーンなど、演技とはわかっているのですが、体に突き刺さったガラス片の痛みや、爆発のショックで一時的に盲目となってしまった不安などが伝わってくるので、日常が非日常になった状況を強く訴えかけてきます。

オープニングで良き夫、良き父親としてごく普通の人物として描かれていたマイクが、炎と暗闇(事故は深夜に起き、電気系統が寸断されてました)のなかでヒーローとなり、パニック状態で戸惑う仲間たちを励ましながら奮闘するものの、決して自信タップリの存在ではなく、自身も戸惑いながらの活動であるところも印象的です。

そして、クライマックスの大災害を感じさせる細かなエピソードが全編にわたってちりばめられていることも、本作に好感を持った一因です。ベテランのジミーが、同道する役員にネクタイの色が不吉だと言ってとらせたり、「HD」へ向かうヘリコプターが小さなトラブルに遭遇するなど、実際にあった出来事かどうかは別にして、作品のディテールを深めているのは間違いありません。

それにしても、さまざまな意見があるとは思いますが、ハリウッドでの「実話の映画化」への熱心さは特筆に値すると思います。既述の作品だけでなく、クリント・イーストウッド(Clint Eastwood)監督作品で昨年公開の「ハドソン川の奇跡」(Sully、2016年)は2009年の「ハドソン川への旅客機不時着水」がありましたし、イーストウッド監督の次回作も2015年に起きたヨーロッパでの乱射事件と伝えられています。

さらに、バーグ監督、ウォルバーグ主演で実話を題材とした作品として、2013年のボストン・マラソンでの爆弾事件をとりあげた「パトリオット・ デイ」(Patriots Day、2016年)もこの6月に日本での公開を控えています。

なお、日本ではさまざま「配慮」からこうした最近の出来事を下敷きとした映画はほとんど制作されません。

映画とはいえ、実在の人物を描き、ときには作品内で当事者を指弾するような内容にもなりますから、問題があるのは理解できるのですが、ひとつの「挑戦」として考慮するのも一興だと感じます。

主演のウォールバーグも「多くの人がこの事実(原油流出事故)を知らないので、語ることはとても大事だ」(パンフレットより)と述べているのも心に残りました。次回は「フリー・ファイアー」を予定しています(敬称略。【ケイシーの映画冗報】は映画通のケイシーさんが映画をテーマにして自由に書きます。時には最新作の紹介になることや、過去の作品に言及することもあります。当分の間、隔週木曜日に掲載します。また、画像の説明、編集注は著者と関係ありません)。

編集注:ウイキペディアによると、「2010年メキシコ湾原油流出事故」は2010年4月20日にメキシコ湾沖合、ルイジアナ州ベニス沖の石油掘削施設80キロメートル、水深1522メートルの海上で海底油田掘削作業中だった、BP社の石油掘削施設「ディープウォーター・ホライズン」(管理会社は世界最大の沖合掘削請負会社トランスオーシャン社)で、技術的不手際から掘削中の海底油田から逆流してきた天然ガスが引火爆発し、海底へ伸びる5500メートルの掘削パイプが折れて大量の原油がメキシコ湾へ流出した事故のこと。

BPによると7月16日までの原油流出量は約78万キロリットル(490万バレル)で、1991年の湾岸戦争(推計600万バレルとも)に次ぐ規模で、1989年に4万キロリットルが流出したアラスカ州の(エクソンバルディーズ号原油流出事故)をはるかに超え、被害規模は数百億USドル(1兆円以上)とされる。

7月15日の封じ込め作業により油の流出は止まり、9月19日に油井の封鎖作業を完了した。流出時間は85日と16時間25分だった。

「ディープウォーター・ホライズン」は自動船位保持装置を備えた半潜水式(セミサブマーシブル)の石油プラットフォームで、海に浮きながら自動で位置を調節し、大水深の海底から石油を掘削することができる。

R&Bファルコン社の発注で、1998年末から韓国蔚山の現代重工業が建造し、R&Bファルコンがトランスオーシャンによって買収されたため、2001年2月にトランスオーシャン社に引き渡された。以来、イギリスの石油会社BPとの契約の下で、メキシコ湾岸油田のさまざまな鉱区で石油掘削を行ってきた。

「マコンド・プロスペクト」(このプロジェクト名)では2009年10月に別のリグで掘削を始めたが、ハリケーンで損傷したため、2010年1月にディープウォーター・ホライズンと交替した。申請工期は78日だが、内部で51日と定められ、その後、工期は遅れ予算は超過し(1日100万ドル=1億円)、事故は80日目だった。