鑑賞ではなく、体験する映画を実現した「ダンケルク」(222)

【ケイシーの映画冗報=2017年9月21日】1940年の5月10日、フランスはナチスドイツ軍の攻撃を受けます。はげしい闘いが繰り広げられますが、フランス政府は6月22日にドイツと休戦条約を締結し、ヒトラーの率いるドイツの占領を受け入れることになります。

現在、公開中の「ダンケルク」((C)2017 Warner Bros.All Rights Reserved.)。制作費は1億ドル(約100億円)で、興行収入が世界で4億7641万ドル(約476億4100万円)。

戦車と急降下爆撃機を組み合わせて戦い、スピードを最重要として敵軍を破ったこの戦法は「電撃戦」と呼ばれましたが、その最大の戦果が英仏連合軍の主力40万人を、ドーバー海峡をへだてて英国本島をのぞむ、フランス北端の港街ダンケルクの周辺に攻囲したときでした。これが5月22日で、フランスの敗北はここで決定したとされています。

ドイツ軍に囲まれた味方を救出すべく、英国軍があらゆる手段を使っておこなった撤退作戦「ダイナモ」を陸・海・空という3つの視点で活写したのが本作「ダンケルク」です。

街の中を移動中の英国軍の小部隊がいきなり銃撃を受けます。仲間がつぎつぎと銃火に倒れるなか、若き英国兵トミー(演じるのはフィン・ホワイトヘッド=Fionn Whitehead)は、自分のライフルも放り出してしまいながら、ダンケルクの海岸にたどり着きます。そこには救出を待つ、無数の兵士がひしめいていました。

突然に姿を見せ、爆弾と銃弾を見舞ってくるドイツの急降下爆撃機に恐怖を感じながら、撤退を待つトミーたち連合軍の将兵たち。

そんななか、英国本国では、「ダイナモ」作戦のために、ドーバー海峡をこえてフランスに向かえるあらゆる船舶を集めていました。小型の遊覧船「ムーンストーン号」の船長であるドーソン(演じるのはマーク・ライランス=Mark Rylance)は息子とその友人とともに、同胞を助けるべく、ダンケルクへ向かいます。

この救出作戦を支援するために出撃した英国空軍のスピットファイア戦闘機のパイロットであるファリア(演じるのはトム・ハーディ=Tom Hardy)は、僚機とともにドイツ軍機と空中戦を戦いますが、隊長機を撃墜され、自機も被弾してしまいます。

残った燃料に気を配りつつ、敵機と戦うファリア。その翼下には故国への帰還を待つ友軍将兵が存在しており、ドーバー海峡では、救出のためにドーソンのような民間人まで、危険な戦場を目指していたのでした。

前回の「関ヶ原」と同様に、史実としてのダンケルク救出については既知のものです。40万人のうちで約34万人が脱出に成功しており、英国軍では、人員を最優先したことで深刻な兵器不足が生じたものの、虎口を逃れた兵士たちが、こののちドイツ軍への反抗作戦の中核として活躍するのですが、1940年の時点では、それは確証のない未来の物語です。

海岸で救援を待つトミーのような兵士たちは救助船に乗れたとしても、本国にたどり着くまでに、ドイツ軍の執拗な攻撃に直面するのですから。監督/脚本のクリストファー・ノーラン(Christopher Nolan)は、実際にドーバー海峡を渡ったそうです。

「ダンケルクに興味を持ったのは25年前、友だちと一緒に小舟でドーバーを超えたんだけど、8時間で渡れるはずが19時間もかかったんだ」(映画秘宝2017年10月号)
「いつかこれを映画にできるだろうかという思いは、前から頭の中にあった。これは素晴らしいストーリー。語られるべきだが、まだ語られていない話だ」(パンフレットより)

このストーリーを構築するにあたって、ノーラン監督が強く求めたのが、「実物」を使って撮影するということでした。英国のスピットファイア戦闘機は本当に第2次大戦中の機体で、ドイツ軍の戦闘機も戦争当時のものに類似したレプリカ機だそうです。

さすがに大戦当時の軍艦は使っていませんが、フランスの博物館の展示物を借用しており、実際に撤退戦のおこなわれた5月27日から6月4日(2016年)に現地ダンケルクに往時を再現してロケーションしているという徹底ぶり。

撮影にも、デジタル全盛のなかでフィルムカメラ、それも精彩な撮影が可能な(が経費もアップする)IMAX(アイマックス)のカメラを多用するなど、ノーラン監督の「何かを『見た』ではなく、何かを『体験した』と感じてもらいたい」(2017年9月15日読売新聞夕刊)という意志が、全編にちりばめられたことは間違いありません。

本編中に「敵」であるドイツ軍はほとんど登場しません。苦悩する将軍も威勢のよい提督も出ず、本当に前線に立つ人々の視点で戦場という異界を描くことに徹しています。

「鑑賞ではなく体験する映画」ーこの表現が決して誇張ではないことを、劇場で体感することをお勧めします。次回は「ドリーム」を予定しています(敬称略。【ケイシーの映画冗報】は映画通のケイシーさんが映画をテーマにして自由に書きます。時には最新作の紹介になることや、過去の作品に言及することもあります。当分の間、隔週木曜日に掲載します。また、画像の説明、編集注は著者と関係ありません)。