平凡な素材を、制作側がどう料理したかを見てほしい「スイッチ」(313)

【ケイシーの映画冗報=2021年4月15日】女子高生のミリー(演じるのはキャスリン・ニュートン=Kathryn Newton)は、父親を喪ったことから落ち込んでいました。母親はアルコールに逃げ、姉は警察官としての仕事に没頭することで喪失感に対処しています。

現在、一般公開中の「ザ・スイッチ」((C)2020 UNIVERSAL STUDIOS)。アメリカなどでは2020年11月13日の金曜日に公開された。制作費が600万ドル(約6億円)、興行収入が1592万ドル(約15億9200万円)。

11月13日の金曜日、ミリーは連続殺人犯“ブッチャー”(演じるのはヴィンス・ヴォーン=Vince Vaughn)に短剣で刺されますが、命に別条はなく、自室でベッドに就くのでした。翌朝のミリーに表情がなく、若い女性の肉体に戸惑っているようで、包丁に強い執着心を見せます。

一方の“ブッチャー”は、隠れ家で起き上がるなり、驚きを隠しません。恐ろしいオブジェに囲まれたこの場所は、自分の部屋とはあまりにも違う“異界”でした。

ミリーを刺した短剣は呪われたアイテムで、刺した相手と刺された相手の魂を入れ換えてしまい、24時間以内にふたたび刺して、元にもどならければ、永遠に入れ代わったままになる、ということがわかります。

ミリーの姿となった“ブッチャー”は、さっそく殺人衝動を発揮し、大量殺人を画策します。“ブッチャー”の容姿となり、追われる身となったミリーは自分の肉体を取り戻すため、自分の体を持つ“ブッチャー”と戦うことを決意するのでした。

本作「ザ・スイッチ」(Freaky、2020年)は、昨年も本稿でとりあげた佳作「透明人間」(The Invisible Man、2020年)や「ザ・ハント」(The Hunt、2020年)、2019年のアカデミー賞で6部門でノミネートされ、監督・脚本のスパイク・リー(Spike Lee)が脚色賞を得た「ブラック・クランズマン」(BlacKkKlansman、2018年)を制作したブラムハウス・プロダクションズ(Blumhouse Productions)の作品です。

会社を率いるのは映画プロデューサー、ジェイソン・ブラム(Jason Blum)で、2000年の設立と、ハリウッドでは新興のスタジオですが、独創性にあふれ、なおかつ収益的にも大なるプラスとなる作品を連発しています。

「ブラムハウスの作品チョイスのポリシーは、まずオリジナルであること。ホラーなら本当に怖いこと。そして製作費を安く抑えられることだ。」(「映画秘宝」2021年2月号)と語るブラム社長とブラムハウスには、多くの映画企画が持ち込まれるそうです。「週に25本から50本だから、月にすると100本から200本だね。そこから年間で映画を約10本、ドラマは全体で約100時間分の作品を実際に製作に移すことにしている」(前掲誌)

ブラムハウスで手がける作品が本作で7本目という監督・脚本(共同)のクリストファー・B・ランドン(Christopher B.Landon)は、このスタジオでの映画製作をこう表現しています。
「ひとつだけ断言できるのは、ブラムハウスで映画を撮る場合、変更したくない箇所を無理やり変えられることは絶対にない、ということだ」(パンフレットより)

映画やテレビドラマの現場では、監督や演出家が専横的にふるまう“独裁”というイメージがあります。もちろん、そういうヤカラも存在しますが、プロデューサーやスポンサーといった“作品そのもの”をコントロールする立場からの“要望”や“希望”、ときには“強権発動”も発生します。

ハリウッドにある銀行の貸し金庫には、「現場から“引き上げられた”脚本が大量に眠っている」という逸話もあるそうですから。

とはいえ、現場で暴走し“やらかしてしまう”ことは俳優にもスタッフにもあることですし、それがまた、奇蹟的に秀逸なシーンを産み出すこともまた事実です。こうした現場のパワーを撮影後の作業(ポストプロダクション)に落としこみ、完成品まで仕上げていくのですが、ここでも監督の自由にならないことは珍しくありません。最終決定権が製作プロデューサーにあることが、ハリウッドでは一般的であるからです(日本では監督にあるのが主流)。

ランドン監督によると「映画を撮ることは、バランスをとる作業でもあると思う。恐怖とユーモアの配分は、どのシーンでも意識した」(パンフレットより)
とのことなので、撮影現場も含めての“サジ加減”が映画(に限らないでしょうが)の要訣(ようけつ)なのでしょう。

すこし前にとりあげた「ガンズ・アキンボ」(Guns Akimbo、2019年)のジェイソン・レイ・ハウデン(Jason Lei Howden)監督もそうでしたが、本作のランドン監督も“ちょっとしたアイディア”を膨らませて映画として現実化させていくのが秀逸なのだと感じます。

「女子高生と殺人鬼が入れ代わる」というネタは、それだけでは奇異に感じることはないのですが、この素材をブラム社長とランドン監督がどう料理したのか?劇場で楽しんでいただくのが最良だと思っています。次回は「ハンバーガー・ヒル」の予定です(敬称略。【ケイシーの映画冗報】は映画通のケイシーさんが映画をテーマにして自由に書きます。時には最新作の紹介になることや、過去の作品に言及することもあります。当分の間、隔週木曜日に掲載します。また、画像の説明、編集注は著者と関係ありません)。