「抑圧からの開放」をメッセージに、重苦しさを忘れる「フリー・ガイ」(322)

【ケイシーの映画冗報=2021年8月19日】本作「フリー・ガイ」(Free Guy、2021年)の主人公、銀行員のガイ(演じるのはライアン・レイノルズ=Ryan Reynolds)は、朝起きて出勤し、退出して帰るという生活を毎日、くりかえしていました。毎度、仕事場で銀行強盗に出くわしながら。

2020年8月14日、2021年1月22日、1月8日、5月21日と何度も公開が延期され、8月13日にようやく公開された「フリー・ガイ」((C)2021 20th Century Studios. All Rights Reserved.)。主演のレイノルズは本作を「現代版バック・トゥ・ザ・フューチャー」と称している。

ガイはモロトフ・ガール(ミリー、演じるのはジョディ・カマー=Jodie Comer)を見かけ、恋に落ちます。ところが違いがありました。彼女は、自分の意思で行動していますが、ガイや友人の警備員バディ(演じるのはリル・レル・ハウリー=Lil Rel Howery)はそうではないのです。

ガイやバディのいる世界は「フリー・シティ」というネットゲームのなかで、モロトフ・ガールはプレイヤーが操作するキャラクターですが、ガイやバディは、ゲーム内の定められたポジションを演じるモブ(背景)・キャラクターであり、自由のない存在だったのでした。

モロトフ・ガールと出会ったことでガイに“彼女に見合う存在になりたい”という意識が生まれます。ガイのモブ・キャラを逸脱したアクションに、世界中の「フリー・シティ」の実在するプレイヤーたちは熱狂するようになりますが、一方で、ゲームを管理するスナミ社にとっては、ゲーム世界を“破壊する存在”となっていました。

そして、モロトフ・ガールのプレイヤーであるミリーは、スナミ社と「フリー・シティ」の権利について争っており、その隠されたカギの場所を知るため、ゲーム内で異質な存在となったガイに興味を示すようになります。

前回の「ジャングル・クルーズ」でも、過去の作品に影響された部分を強く感じたのですが、本作を観賞中にも、過去のある映画を思い浮かべてしまいました。

主人公の青年が知らないうちに“生誕からすべての時間をテレビ中継されていた”という設定の「トゥルーマン・ショー」(The Truman Show、1998年)です。この映画の脚本を書いたアンドリュー・ニコル(Andrew Niccol)は、その後もデジタル・データによって作られた映画女優が世界的な人気を得てしまう「シモーヌ」(S1m0ne、2002年)を、自身の脚本で監督しています。

“当人が知らずに世界が注目する”ことや“主人公が(作品の設定上)実在していない”といった部分は、「フリー・ガイ」に通じるのではないでしょうか。

しかし、20年の歳月は「作られた架空世界の存在」の表現に大きな変化を起こしています。「トゥルーマン・ショー」の主人公は実在の人物ですし、生活する空間も、巨大ではありますが、撮影スタジオという設定でした。

本作の主人公であるガイはデータでしかなく、周囲はすべてがネット・ゲームのヴァーチャルな世界です。いまやネットの世界は20年前とは比較にならないほどひろがり、また大きな影響も現実世界におよぼしています。

昨年の春、世界中の需要が供給を上回った品物が、衛生マスクと消毒液、そして自粛期間の退屈をまぎらわせるためのゲーム・マシンだったことは、時代の変化を象徴しているといえるでしょう。

1980年代の半ばから広まった家庭用のテレビゲーム機は、既存の映像エンターメイメントのライバルという位置を、わずか数年で占めてしまいます。テレビが番組やビデオを見る機械ではなくなり、1990年代には「子どもがテレビ番組を見る習慣がなくなるかも」と真剣に危惧され、「どう子どもの視聴者を確保するか」という、いままで考えられなかったことがテレビ業界に求められました。

この時期に放送がはじまり、いまでも人気を保っているのが、この春に劇場版で完結した「新世紀エヴァンゲリオン」(テレビ放送は1995年)であり、ゲームを原作とした「ポケットモンスター」(1997年放送開始)や、連載マンガのアニメ化である「ワンピース」(原作マンガの連載開始は1997年。アニメは1999年より)です。

このころ、ゲームを原型としたアニメ映画や実写映画も生まれましたが、ゲームファン、映画ファンの双方から、芳しい評価はなかったと記憶しています。作り手にゲームへの理解が不足していたためか、原型であるゲーム世界から乖離した作品となっていたのが実情でした。

それから20年以上の年月を経て、作り手がテレビゲームに幼少期から楽しんでいた世代が、あらゆるメディアの中核を占めるようになってきました。主演のレイノルズは1976年生まれ、監督であるショーン・レヴィ(Shawn Levy)も1968年生と、テレビゲームに親しんできた世代です。

コメディである本作には“くすぐり”としての映画やアニメ、ゲームのネタも効果的に仕込まれておりますが、明るく楽しい作品の芯には「抑圧からの開放(Release from oppression)」という強いメッセージも感じました。重苦しい世相をいっとき忘れられる佳作です。

次回は「孤狼の血 LEVEL(レベル)2」の予定です(敬称略。【ケイシーの映画冗報】は映画通のケイシーさんが映画をテーマにして自由に書きます。時には最新作の紹介になることや、過去の作品に言及することもあります。当分の間、隔週木曜日に掲載します。また、画像の説明、編集注は著者と関係ありません)。