東洋人がメインのハリウッド新カテゴリー作品の「シャン・チー」(324)

【ケイシーの映画冗報=2021年9月16日】1970年代の前半から、アメリカ映画に黒人のキャストが増えはじめます。それまでの白人の美男美女が活躍する勧善懲悪のドラマが“枯れて”きたこともあって、黒人観客へのアピールが強まったのです。黒人監督やスタッフも増えてきており、“黒人主軸の映画”も多作されるようになりました。

現在、一般公開されている「シャン・チー/テン・リングスの伝説」((C)Marvel Studios 2021)。「マーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)」としては25作目になる。

ショーン(演じるのはシム・リウ=Simu Liu)は、学生時代からの友人ケイティ(演じるのはオークワフィナ=Awkwafina)と、サンフランシスコのホテルマンとして働き、平凡ながら充実した日々を過ごしていました。

そんなある日、ショーンは謎の武装集団に襲われ、ケイティと周囲の人々を守るため、隠していた戦闘力を発揮します。ショーンの本名はシャン・チーといい、圧倒的な魔力を秘めた“テン・リングス”を持つ父親のシュー・ウェンウー(演じるのはトニー・レオン=Tony Leung)に戦闘術の英才教育を受けた暗殺者だったのです。そして、最初の“仕事”を果たせなかったことで、ショーンと名前を変え、市井に身を潜めていたのでした。

生き別れの妹であるシャーリン(演じるのはメンガー・チャン=Meng’er Zhang)も狙われていることを知ったショーンは、ケイティとともにマカオに向かいます。

ウェンウーの目的は、死んだ妻を復活させることにありました。家族との絆をもどすため、全世界を危険にさらそうとする父親に対峙するシャン・チー。母を喪った父と、家族との絆を一度は断ち切った息子の対決はいかに。

いまや世界最大の映画フランチャイズとなった“マーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)”は、コミックのレーベルである“マーベル”が持つ、豊富なキャラクターを同一の世界観で映像化していくという意図でスタートし、エンターメイメントのひとつのジャンルにまで拡大したといえるでしょう。

2008年の「アイアンマン」(Iron Man)にはじまり、27憶9000万ドル(約2790億円)という世界最高の興行収入を上げた「アベンジャーズ/エンドゲーム』(Avengers:Endgame、2019年)で劇場用映画の第1期(フェーズ1から3)が締めくくりとなり、新たな作品世界“フェーズ4”の代表作が本作「シャン・チー」です。

原型のコミックが生まれたのが1973年。先述の「黒人の観客のための映画」いわゆる“ブラックプロイテーション(Blaxploitation、黒=Blackと搾取、集金の見せ物=Exploitationの合成語)映画”と同時期になります。

この前年、アメリカでテレビドラマ「燃えよ!カンフー」(Kung Fu、1972年)が始まり、人気作となります。中国武術の達人が開拓時代のアメリカ西部を放浪する物語で、アイディアには世界的アクションスター“ブルース・リー(Bruce Lee、1940-1973)”が関わり、本人も主演を望んでいましたがかなわず、アメリカで彼が映画スターとして知れ渡るのは「燃えよドラゴン」(Enter The Dragon、1973年)でした。しかし、シャン・チーのキャラクター造型に、この両者がふかく根ざしているのは確実です。

ブルース・リーが「燃えよ!カンフー」から離れたのは、“アメリカ国籍でも、東洋人にドラマの主役は配せない(さない)”という当時の世情が影響したのでしょう。

それからおそよ50年。本作の主要キャストのほとんどが東洋系か、東洋にルーツを持つ人物となっています。主演のシム・リウはカナダ出身の中国系、ヒロインを演じたオークワフィナは中国系と韓国系の血筋。シャン・チーの父を演じたトニー・レオンは香港映画界の大スターで、本作がハリウッドでのデビュー作となっています。

脚本は中国系アメリカ人のデヴィット・キャラハム(David Callaham)で、監督(共同脚本)デスティン・ダニエル・クレットン(Destin Daniel Cretton)も母親が日系アメリカ人で、ハワイの東洋人が多い地域で育ったのだそうです。

1978年の生まれということですが、はじめてアメリカ本土に行ったとき、「バー(きっと成人後ですね)でだれかに、『おい、ブルース・リー』と声をかけられた」(パンフレットより)そうですから、東洋人への一般的なアメリカ人のイメージに、ブルース・リーは深くしみこんでいるのでしょう。

そうした面で本作は“東洋人がメイン”のハリウッド作品という、新たなカテゴリーになるのではないでしょうか。MCUには黒人が主役の「ブラックパンサー」(Black Panther、2018年)や主人公が女性の「ブラック・ウィドウ」(Black Widow、2021年)など、いままで少数派だったキャラクターが主役の作品がラインナップされています。50年後には、どんなキャラクターがハリウッド大作の主演を占めるのでしょうか。大いに楽しみです。健康に留意して観てみたいものです。

次回は「レミニセンス」の予定です。(敬称略。【ケイシーの映画冗報】は映画通のケイシーさんが映画をテーマにして自由に書きます。時には最新作の紹介になることや、過去の作品に言及することもあります。当分の間、隔週木曜日に掲載します。また、画像の説明、編集注は著者と関係ありません)。

編集注:ウイキペディアによると、「マーベル・シネマティック・ユニバース(Marvel Cinematic Universe)」はアメリカン・コミックの「マーベル・コミック」を原作としたスーパーヒーローの実写映画化作品を、同一の世界観のクロスオーバー作品として扱う作品群をいう。マーベル・スタジオが制作するシェアード・ユニバース作品で、現在では短編映画、テレビシリーズなどに拡大している。

MCU初の公開作品は「アイアンマン」(2008年公開)で、時系列のまとまりである「フェーズ」の第1段階をスタートさせ、この「フェーズ1」は2012年公開の「アベンジャーズ」でピークに達する(全部で6点)。

「フェーズ2」は「アイアンマン3」(2013年公開)から始まり、「アントマン」(2015年公開)で終了する(全部で6点)。「フェーズ3」は「シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ」(2016年公開)で始まり、「スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム」で終了する(全部で11点)。これらのフェーズ1から3の23作品をまとめて「インフィニティ・サーガ」と呼ぶ。

世界でもっとも大きな興行的成功を収めている映画シリーズであり、2位の「スター・ウォーズ」シリーズに大差をつけ、世界歴代1位の興行収入を記録している。

フェーズ4は2021年1月配信の「ワンダヴィジョン」から2022年5月公開予定の「Thor: Love and Thunder(ソー: ラブ・アンド・サンダー)」までの映画5作品、ドラマ7作品とアニメ1作品の計14作で構成されるとしているが、すでに「Black Panther: Wakanda Forever(ブラックパンサー: ワカンダ・フォーエバー)」(2022年7月8日全米公開予定)、「The Marvels(ザ・マーベルズ )」(2022年11月11日全米公開予定)。

「Ant-Man and the Wasp: Quantumania(アントマン・アンド・ワスプ:クオンツゥマニア)」(2023年2月17日全米公開予定)、「Guardians of the Galaxy Vol. 3(ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー)第3弾」(2023年5月5日全米公開予定)、「Fantastic Four(ファンタスティック・フォー)」(公開日不明)、「Blade(ブレイド)」(公開日不明)までの制作が公表されている。