西部開拓時代を描いたSFに見えるも、及第点の「カオス」(329)

【ケイシーの映画冗報=2021年11月25日】23世紀、人類は宇宙移民の時代を迎えていました。新天地“ニューワールド”に入植した人類は現地の先住民スパクルと戦い、女性をすべて殺されるという被害を受けながら、なんとか勝利します。

現在、一般公開中の「カオス・ウォーキング」((C)2021 Lions Gate Films Inc. All Rights Reserved)。

“ニューワールド”生まれの青年トッド(演じるのはトム・ホランド=Tom Holland)は、男性だけが暮らすプレンティスタウンで最年少でした。この惑星では奇妙なことに、男性の心の声が周囲に音声や映像として伝わってしまう“ノイズ”という現象が発生しており、このことを意識しながら、人々は注意して活動していました。

ある時、トッドは森の中で墜落した宇宙船を見つけ、唯一の生き残りヴァイオラ(演じるのはデイジー・リドリー=Daisy Ridley)と出会います。相手に“ノイズ”がないことに戸惑うトッド。彼女によると、いまこの星の上空には地球からの大型移民船が来ており、自分が先遣隊であるのだそうです。

ヴァイオラに魅力を感じ、助けたトッドでしたが、町のリーダーであるプレンティス(演じるのはマッツ・ミケルセン=Mads Mikkelsen)は、移民の到着によって自身の権力を奪われると考え、ヴィイオラを殺そうとします。

そのため、トッドは彼女を連れて逃走します。武装集団を率いてそれを追うプレンティス。やがてトッドとヴァイオラは、この星の隠された秘密と過去に直面することになるのでした。

制作費が1億ドル(約100億円、ただし、試写会での評判が悪く、2019年4月に再撮影が行われたが、その費用は1500万ドル=約15億円=かかっている)、興行収入が世界で2694万ドル(約26億9400万円)。

本作「カオス・ウォーキング」(Chaos Walking、2021年)のストーリーを記すと、壮大なSFアクションをイメージされるでしょう。主演のトム・ホランドは実写ヒーロー作品「スパイダーマン」のスパイダーマン役ですし、ヴァイオラ役のデイジー・リドリーも、「スターウォーズ」の最新3部作で主人公のレイを演じています。

監督のダグ・リーマン(Doug Liman)も、近作に日本のSF小説が原作の超大作「オール・ユー・ニード・イズ・キル」(Edge of Tomorrow、2014年)がありますから、SF大作を連想するのは当然といえます。

ところが、自分自身の思考が直接的に周囲に知られてしまうという“ノイズ”(映画冒頭の説明によると「あらわになった人間の思考。頭の中がむき出しの人間は、ただの生ける混沌(カオス)である」)や、広大な宇宙への人類の移住、その先で人類と対決する異星人スパクル、といった部分のSF要素はあるものの、トッドたちは畑を自分たちの手で耕し、移動は自分の足か馬、自動車はありません。武器も隠されたビーム銃があるものの、通常時は火薬を使う20世紀の古典的な銃器なのです。

トッドの得意技はナイフ投げによる小動物(現地の大型昆虫?)の狩りですし、食事も単調で豊かではありません。むしろ、遭難者であるヴァイオラの方が、最低限とはいえ“非常用キット”として近代装備があるほどです。

SF的な要素を含みながら、描かれる世界は西部開拓時代のアメリカ大陸、が土台となっていると感じます。新世界(ニューワールド)という名前も、かつてアメリカ大陸が“新大陸”と呼ばれていたことが原典でしょう。

それはキャスティングにもあらわれていると感じます。トッド役のホランドとヴァイオラ役のリドリーがイギリス出身で、プレンティスを演じたミケルセンがデンマークと、ヨーロッパ出身のメンバーで固められていますし、原作と脚本のパトリック・ネス(Patrick Ness)も出自はアメリカですが、現在はイギリスで活動しています。

個人的には、23世紀の技術があれば、「他の惑星であっても人間が住めるのなら、こんなに文明が退行することはないだろう」と感じながらの鑑賞でした。タブレット端末ひとつに数千冊の書籍が収まります。困難を技術と知恵で克服してきたのが人類の文明なのですから。

この違和感は、鑑賞後に原作者ネスの一文を見て、氷解しました。本作が生まれたきっかけについてです。
「今、テクノロジーとメディアを使って、互いに向かって、そして世界に向かって大声で叫んでいます。だから、その叫び合いから逃れられなくなるという段階がやってきたらどうなるだろう、と考えました」(パンフレットより)

この状況を創るには、「近代的テクノロジーの喪失」は欠かせません。多少は無理やりであっても、作品内の事象や設定は「作品内で破綻しなければ」どんなものでも許容したいと思っています。

そういえば、日本でも、あるベストセラー作家が自身の小説作品について、こう語っていました。
「だって、全部ウソだもん」

エンターメイメントは架空の世界であることが常態です。現実とは異なって当たり前、ただし、上質なウソでないと、作品としての価値は低下してしまいますが。僣越ながら、本作は及第点になっていると考えます。次回は「ミラベルと魔法だらけの家」を予定しています(敬称略。【ケイシーの映画冗報】は映画通のケイシーさんが映画をテーマにして自由に書きます。時には最新作の紹介になることや、過去の作品に言及することもあります。隔週木曜日に掲載します。また、画像の説明、編集注は著者と関係ありません)。