児童向けも物語の幹がしっかりし、大人も楽しめる「ミラベル」(330)

【ケイシーの映画冗報=2021年12月9日】現状で、世界最大の映画作品供給元となっているのが、「ウォルト・ディズニー・カンパニー」(The Walt Disney Company)であることは間違いないでしょう。コロナ・ウィルスの世界的な流行によって一時的に売り上げはダウンしていますが、2019年の売り上げ高はおよそ700憶ドル(約7兆円)ですから、まさに巨大企業です。

現在、一般公開中の「ミラベルと魔法だらけの家」((C)2021 Disney.All Rights Reserved.)。

1923年に設立され、紆余曲折を経ながら、アニメーションや実写映画の製作、自社ブランドのキャラクターを活かしたテーマパークである「ディズニーランド」(Disneyland)を世界各地で運営し、最近ではネット配信のコンテンツにも熱心に取り組んでいます。

ディズニーは、「老舗の巨大企業」にありがちな「よくいえば堅実で確実、悪くいえば旧態依然」といった社風とは一線を画しており、作中にもかなり“攻めた”設定や表現が見られます。

たとえば、2017年のアメリカのアカデミー賞でアニメ作品賞に選ばれた「ズートピア」(Zootopia)は、「草食動物も肉食動物も安心して暮らせる楽園」でありながら、「大都市では犯罪が横行し、地域格差や種族同士の軋轢や衝突は解決されない」という、「万人に理想の社会は創れるのか」という理想論を描き、一方で「それは本当に幸福な社会なのか」という問題点も指摘しています。子ども向けのアニメとは思えない問題提起でした。

本作「ミラベルと魔法だらけの家」(Encanto)舞台は南米のコロンビア。過去の不幸な出来事をきっかけに、魔法の力を与えられたマドリガル一家は、山奥の村に魔力を秘めた不思議な家で、祖母から孫までの3世代で同居する生活を送っていました。

マドリガル家では、5歳の誕生日を迎えると一人一人に特別な個性を持つ“魔法のギフト”が家に安置された魔法のローソクから与えられるのですが、3姉妹の3女であるミラベル(声の出演はステファニー・ベアトリス=Stephanie Beatriz)だけはそれがなく、一族を仕切る祖母のアルマ(声の出演はマリア・セシリア・ボテロ=Maria Cecilia Botero)や両親、姉妹や親類のなかで、孤立感や劣等感を持ちつつも、明るく過ごしていました。

ある時、ミラベルは、魔法の家に大きな亀裂があることを発見し、家族に知らせますが、絶望のなかで一族に幸福をもたらした魔法の力を信じるアルマは、その危機の予兆を言下に否定します。

しかし、これをきっかけに家族に与えられていた魔法の力が減衰していきます。強い喪失感にとらわれる一家の中で、“ギフト”のないミラベルは変化がありません。家族の力と魔法のトラブルを解決するため、15歳の少女の挑戦がはじまります。

本作の舞台は南米のコロンビアで、登場人物も田舎町という設定から全員がラテン系で、地名や歌にもスペイン語が使われ、英語の歌やセリフと併用されています。原題も「Encanto」でスペイン語の“家”の意味です。

英語圏で製作され、メジャーなディズニーの作品でありながら、かなり狙った作品の組み立て方です。

本作で使われる“魔法のギフト”という表現ですが、日本での“贈り物・プレゼント”という意味合いではなく、本来の意味である“与えられたもの”という価値で描かれています。

ミラベルの家族に与えられたさまざまな“ギフト”「力持ち」や「動物と会話できる」といった能力はもしあれば優良で楽しい才覚でしょうが、一方で「自分の望まない能力」(“ギフト”は自分の意思で選べません)を与えられても拒否はできないのです。

「自身の才能と要求は合致しない」この、冷徹ですが確かに存在する真理を、本作は正面から見すえており、そこには“子どもだまし”的な手抜き感はなく、妥協なく描かれています。

そして、“ギフト”を喪い、精神的なショックだけでなく、自分自身の存在理由すら喪ってしまうマドリガル家のひとびと。“ギフト”の本質は与えられたのであって、自分の努力や修練で持ち得たものではないのです。

それは、どんな生物にもおこる“老化”を、おさえられたとしても止めることができないのに近いかもしれません。

自身は魔法の力を持たない祖母のアルマの対応がミラベルと、“ギフト”のある家族とには、確定的な差異(差別的なほど)があることや、“よろしくないギフト”についての対応など、鑑賞中では「なにもそんなに……」と眉をひそめてしまいそうですが、自分たちも日常生活において、作品内ほど露骨ではないにして、似たような感想や振る舞いをしているのではないでしょうか?

お子さま向けアニメでもありますが、ストーリーの幹がしっかりと構築されており、大人も楽しめる逸品です。次回は「ヴェノム: レット・ゼア・ビー・カーネイジ」の予定です。(敬称略。【ケイシーの映画冗報】は映画通のケイシーさんが映画をテーマにして自由に書きます。時には最新作の紹介になることや、過去の作品に言及することもあります。隔週木曜日に掲載します。また、画像の説明、編集注は著者と関係ありません)。