反社会的な悪を描き、人を惹きつける魅力を秘めた新「ヴェノム」(331)

【ケイシーの映画冗報=2021年12月23日】ある評論家がこんなことを言っていました。
「ホンネとはワイセツで醜悪なものである」

現在、一般公開中の「ヴェノム:レット・ゼア・ビー・カーネイジ」((C)2021 CTMG. (C)&TM 2021 MARVEL.All Rights Reserved.)。

これは一面では正しいでしょう。しかし、この“ワイセツで醜悪”なものに魅せられるのも、また事実なのです。

2019年に公開された「ジョーカー」(Joker)は、アメコミ・ヒーローである「バットマン」シリーズに登場する悪役(ヴィラン)であるジョーカーを主人公にした作品ですが、秀逸な脚本と丁寧な演出、そしてジョーカーを演じたホアキン・フェニックス(Joaquin Phoenix)の見事な演技(アカデミー主演男優賞を受賞)によって大ヒットしました。

メジャー作品でも、悪役が主役になる時代になったのです。本作「ヴェノム:レット・ゼア・ビー・カーネイジ」(Venom: Let There Be Carnage)の主人公である“ヴェノム”は、地球外生命体シンビオートで、自身の能力は低いのですが、“宿主”となる生命と合致すると、すさまじい能力を発揮します。一方で、相性が悪いと“宿主”が衰弱死してまうという、厄介な存在です。

そして、宇宙生命体なので人間の持つ倫理観はなく、好物は生物の脳(とくに人間)とチョコレートという、およそヒーローにふさわしいキャラクターではありません。かつては敏腕ジャーナリストでしたが、ヴェノムとかかわったことで無職寸前となっているエディ(演じるのはトム・ハーディ=Tom Hardy)は、連続殺人犯の死刑囚であるクレタス(演じるのはウディ・ハレルソン=Woody Harrelson)にインタビューする機会を得ます。

あることでエディからシンビオートの能力を自分にも得たクレタスは、カーネイジとしての能力を全開し、宿願を果たします。それは、破壊力のある声を発することから隔離されていた恋人のフランシス(演じるのはナオミ・ハリス=Naomie Harris)を救い出すということでした。

その過程ですべてを破壊しながら進んでいくクレタス=カーネイジ。その元凶を生み出してしまったエディとヴェノムは、ぶつかり合いながらも、クレタス=カーネイジと対決することになるのです。

本作の監督はアンディ・サーキス(Andy Serkis)。かれの本筋は俳優ですが、全身の動きをトレース(顔の微細な動きまで)して、CGのキャラクターを表現するモーション・アクターとして多くの作品で秀逸な演技表現を発揮しています。

ハリウッド版の「GODZILLA ゴジラ」(2014年)や「キング・コング」(King Kong、2005年)では主役のゴジラやコングを演じており、自分以外の存在を演じることに長けている、世界的にも希有な俳優といえるでしょう。

本作ではエディ役のトム・ハーディが前作と同様にヴェノムを演じています。キャラクターはCGで描かれますが、動きと声はハーディが演じているのです。この“ひとり2役”にサーキス監督のキャリアはうってつけといえるでしょう。生身の演技とCG表現のどちらにも精通しているのですから。

「ヴェノムはエディの写し鏡となって、エディに彼の欠点を見せている」とサーキス監督は語っていますし、エディ役で脚本(共同)も手がけているハーディは、「僕にとってヴェノムとエディはひとつ。常に1人の中に存在しています。(中略)ひとつの精神の異なる2つの部分を演じるのは楽しいですよ」(いずれも「映画秘宝」2022年1月号より)

たしかに、宿主のエディの状況も考えず、自由奔放にふるまうヴェノムですが、エディもそれを全否定することをあまりしません。ヴェノムもそれなりにエディに気を使うところがあり(とはいえ宇宙生命体の気配りなので)、仲たがいのあとで、お互いに歩み寄っていくのですから、結局はいいコンビ(バディ)なのです。

一方で、カーネイジとなるクレタスも、凶悪な犯罪者でありながら、今回の破壊衝動の目的が「囚(とら)われの(自分にとっての)姫を救い出す」という、ある意味で純粋なものなのです。

その“想い姫”であるフランシスも、生まれついての破壊的性質のために社会から阻害されており、前回の「ミラベルと魔法だらけの家」の特殊な“ギフト”をもつファミリーとおなじく、自ら望んで得た能力ではありません。「人を傷つける能力」で助けた相手がクレタスであったこと、これがこの物語の遠因となっています。悲劇的な冒険劇ともいえるでしょう。

社会的な悪を魅力的に描いた作品は、ときとして「反社会的な影響」の温床とされることがあります。だとしても、“反社会的な絶対悪”という存在が、人々を惹きつける魅力を秘めていることもまた、現実なのです。次回は「キングスマン ファースト・ エージェント」を予定しています(敬称略。【ケイシーの映画冗報】は映画通のケイシーさんが映画をテーマにして自由に書きます。時には最新作の紹介になることや、過去の作品に言及することもあります。隔週木曜日に掲載します。また、画像の説明、編集注は著者と関係ありません)。