鑑賞後楽しくないが、時代を象徴した秀逸な「ノマドランド」(315)

【ケイシーの映画冗報=2021年5月13日】4月25日(日本時間26日)、アメリカの第93回アカデミー賞が発表されました。例年より8週間おくれの開催、選考基準の変更(劇場公開がなく、デジタル配信のみの作品も可能に)、さらには映画関係者が一堂に会するような状況を避け、複数の会場を中継で結ぶといった、“コロナ・シフト”でおこなわれています。

現在、一般公開中の「ノマドランド」((C)2021 20th Century Studios.All rights reserved.)。制作費は500万ドル(約5億円)。

今回、監督賞と主演女優賞、そして作品賞に選ばれたのは「ノマドランド」(Nomadland、2020年)でした。監督・脚本のクロエ・ジャオ(Chloe Zhao)は、中国に生まれ、アメリカで育った女性で、女性監督がアカデミー作品賞をとったのは2度目(「ハート・ロッカー(The Hurt Locker)」(2008年)のキャスリン・ビグロー(Kathryn Bigelow)監督以来)、そしてアジア人女性としては初の栄誉となりました。

2008年、アメリカ西部のネバダ州エンパイアでは、リーマンショックによる経済不況から地場産業が力尽き、町そのものも閉鎖されてしまいます。この地で夫を亡くした60代の女性ファーン(演じるのはフランシス・マクドーマンド=Frances McDormand)は、夫婦の思い出の詰まったキャンピングカーを住処とし、現代のノマド(遊牧民)となって、短期間の労働をもとめてアメリカ各地を駆けめぐることになります。

荷物の配送センター、国立公園の管理、キャフェテリアのキッチンなど、さまざまな仕事を経験しますが、定住することのない生活を送り、旅の仲間との出会いと別れ、一度は離れた家族への帰郷と流れていくファーンの旅に終着点は?それとも終わらない旅路なのでしょうか。

2020年9月に第77回ベネチア国際映画祭で最高賞にあたる金獅子賞、第45回トロント国際映画祭で最高賞の観客賞を受賞し、第93回アカデミー賞でも計6部門でノミネートされ、作品、監督、主演女優賞の3部門を受賞した。

本作の原作は「ノマド:漂流する高齢労働者たち(Nomadland: Surviving America in the Twenty-First Century)」というジェシカ・ブルーダー(Jessica Bruder)によるノンフィクション作品で、本書を一読したファーン役のマクドーマンドが映画化権を獲得(プロデューサーを兼任)、さらには長編映画の監督が2本しかなかった新進気鋭のジャオ監督の起用も、マクドーマンドによる指名だったそうです。

原作・監督・主演が女性という、いまでも男性が優位となっているハリウッドでは、少数派に属する作品です。

さらに主演のマクドーマンドと、彼女の演じるファーンに人生の選択を迫るデヴィッド役のデヴィッド・ストラザーン(David Strathairn)以外の登場人物は、実在するノマドたちが実名で登場しています。

原作がノンフィクションということが影響しているのかもしれませんが、ファーンを演じるアカデミー主演女優賞をもつマクドーマンド(本作で3度目の受賞)と、まったく遜色ない存在感を見せています。国立公園でファーンと働くリンダ(演じるのはリンダ・メイ=Linga may)をはじめ、登場人物がもつリアリティは特筆に値すると感じます。

現代のノマドとなった人々の失意の生活を切り取った、問題提起的な作品と思われるかもしれません(もちろん、内包はされています)が、それだけではない作品です。

アメリカには、モーターホーム(日本でのキャンピング・カー)の文化というものが存在します。本来のキャンプに使うのではなく、広大なアメリカ大陸を自由に動き、その土地土地で生活することで、「土地に縛られない自由な(freedom)生活を楽しむ」というライフスタイルなのですが、キッチンやシャワーだけでなく、独立したベッドルームやリビングが備わった豪奢な逸品(本編にも登場します)もあれば、ファーンたちのような「働くための移動」が前提の「ようやく動く」レベルのものまで、その格差は大きく広がっています。

こうした格差のはげしい人々の生活にも、平等に与えられるのが、その土地の環境です。とくに本作に登場するアメリカ中西部を中心に、5カ月以上の時間と7つの州をまたがって撮影された、静謐で荘厳な自然のすがたは、観客に強いインパクトをもたらします。

ジャオ監督の「あの景色があったからこそ、この映画を撮ることがひらめきました」(パンフレットより)というコメントにいつわりのない、印象的な情景でした。

こうした自然は、ヒトの一生よりもはるかに大きな存在であることは自明の理です。その悠久の時の象徴として、恐竜の実物大モニュメントがいくどか登場したのではないか、と個人的に感じています。

鑑賞後、明るく楽しい気分に浸るのはむずかしいかもしれませんが、いま、この時節に生まれた時代性の象徴的な、秀逸な作品だと思います。緊急事態宣言が延長され、都内にある映画館もおおくが閉塞されております。ふたたび次回は未定とさせていただきますが、なにか映画の話題をおとどけいたします(敬称略。【ケイシーの映画冗報】は映画通のケイシーさんが映画をテーマにして自由に書きます。時には最新作の紹介になることや、過去の作品に言及することもあります。当分の間、隔週木曜日に掲載します。また、画像の説明、編集注は著者と関係ありません)。