出演を拒んだ主役が監督と意気投合し、力量発揮した「アオラレ」(317)

【ケイシーの映画冗報=2021年6月10日】数値化はできないのですが、最近の世相は、不安定を感じます。映画界も大打撃をこうむっている「新型コロナ」がその様相を鮮明にしているのは事実でしょう。

現在、一般公開中の「アオラレ」((C)2021 SOLSTICE STUDIOS. ALL RIGHTS RESERVED.)。制作費が3300万ドル(約33億円)、興行収入が世界で3599万ドル(約35億9900万円)。

個人的に大変お世話になった方が「新型コロナ」で夭逝されたことを最近、知ることになりました。自分よりもはるかに体力、知力に優れた御仁でしたが、最近は体調を崩しがちだという会話を数年前にかわし、「お互い身体に気をつけましょう」というのが今生の別れとなってしまいました。

そのおりに2021年の現状など、想像もできなかったのは当然なのですが、「後悔先に立たず」という言葉の意味を実感しております。

午前4時、ひとりの男(演じるのはラッセル・クロウ=Russell Crowe)が豪雨のなかを一軒の家に乗り込み、家人を殴打して家に火を放ちます。炎上する家屋に背を向け、男は車を走らせるのでした。

弁護士を通じて離婚したレイチェル(演じるのはカレン・ピストリアス=Caren Pistorius)は、人生の岐路にありました。元夫から自宅を守り、ひとり息子のカイル(演じるのはガブリエル・ベイトマン=Gabriel Bateman)の親権をもち、さらには美容師としての復職。

カイルを車で学校に送る途中で渋滞につかまったレイチェルは、青信号でも発車しないピックアップトラックにクラクションを乱打し、追い越します。しばらくしてレイチェルのすぐ横に停まったピックアップトラックの運転席から「マナーがなってないぞ」と謝罪をもとめられます。ドライバーはあの男でした。

一応は謝ったレイチェルでしたが、交通法規も道路事情も無視した男のピックアップトラックが、猛烈なあおり運転でレイチェルを追いかけてきました。

一度は振り切り、カイルを学校に送ったレイチェルでしたが、不注意からスマートフォンを男に奪われ、「スマホにある人物から殺す相手をえらべ」と脅迫されます。

レイチェルの友人としてふるまった男は、彼女と待ち合わせしていた弁護士のアンディ(演じるのはジミ・シンプソン=Jimmi Simpson)を殺し、自宅も襲います。最初は恐れおののくレイチェルでしたが、カイルが狙われていることを知り、男との対決を決意するのでした。

「家庭も、仕事も、人生まで」“すべてを喪った男”と、“息子だけは絶対に守りたい女”との対決はいかに。

本作「アオラレ」(2020年)は、直球真ん中の邦題(原題はUnhinged=狂気や精神異常により影響を受ける、の意)ですが、単なるホラーアクションとはなっておらず、誇張も盛り込まれていますが、現代社会のゆがみを描くこともしっかりと行われています。

主人公の“アオリ男”は、行動自体は単なる粗暴犯でしかないのですが、苦しくきびしい人生をただよせています。これは、古代ローマの剣闘士として戦う将軍(グラディエーター=Gladiator、2000年)でアカデミー主演男優賞を受けた主演のラッセル・クロウの力量がおおきいと感じます。

犯罪データを集合して生まれた人工犯罪生命体(バーチュオシティ=Virtuosity、1995年)から、精神的なハンディキャップがありながらも、ノーベル経済学賞を受けた実在の天才数学者ジョン・ナッシュ(JohnNash、1928ー2015)を演じた「ビューティフル・マインド」(A Beautiful Mind、2001年)まで、実に幅広い芸域を見せるクロウにかかれば、本作のような役柄はさほどの困難をおぼえることなどなかろうと思いきや、最初にシナリオを読んだときは「この映画には絶対に出ないぞ」と思ったそうです。「男の取った行動は、絶対に正当化できるものではなく、理解できない」からでした。

その一方で興味もあったそうです。「これまで僕は、演じられる気がしないほど大変な役を求めてきた」(以上パンフレットより)。結局はデリック・ボルテ(Derrick Borte)監督と会い、意気投合したことで出演を決めたのでした。

ホルテ監督がクロウが演じる人物に映画「ジョーズ」(JAWS、1975年)の人食いザメをイメージしていたそうです。「ジョーズ」の監督であるスティーヴン・スピルバーグ(Steven Spielberg)の出世作は、ハイウェイで追い抜いたトレーラーに追われつづけるセールスマンを描いた「『激突!』(Duel、1971年)でした。

べつにひどいひどいマナー違反ではないのですが、トレーラーにとっては“絶対に許せない”行為だったのです。
「日常は一瞬で壊れる。だが恐れていたら何もできない」

それはこの1年半ほどの時間で痛感させられております。みなさまもどうか、おすこやかに。次回も未定とさせていただきます。(敬称略。【ケイシーの映画冗報】は映画通のケイシーさんが映画をテーマにして自由に書きます。時には最新作の紹介になることや、過去の作品に言及することもあります。当分の間、隔週木曜日に掲載します。また、画像の説明、編集注は著者と関係ありません)。