日本政府よ、インド在留邦人の声を聞け、海外の実態を踏まえた配慮を(76)

【モハンティ三智江のインド発コロナ観戦記=2021年8月6日】7月21日に帰社祭バフーダ・ヤトラを控え、前日は雨、サイクロンの兆しの低気圧でこれから5日間、大雨の予想が出ている。

7月12日開催のプリー名物、山車祭。毎年6月から7月にかけて(太陰暦に則り、年ごとに開催日が変わり、10日目に帰社祭も)催される大祭だが、パンデミック下、異例の2年連続無観客祭に(いずれも画像はウイキペディアより)。

帰社祭とは、当地プリー(Puri)のシンボルのヒンドゥ神、ジャガンナート様(Jagannath、宇宙の主)を始めとする三位一体神が御所(ジャガンナート・テンプル)からお出ましになって(12日のラト・ヤートラ)、9日間静養なさった叔母の住処(グンディチャ・テンプル=Gundicha)から、また山車でお帰りになる宗教的伝統行事である。

この分では、催行は雨に祟られそうで、3キロの道のりを山車を1台ずつ引いて戻る僧徒たちも大変である。多少の降りなら雨中決行となるが、本降りになると、途中まで引いて止め置きという事態も過去、何度かあった。

パンデミック(世界的大流行)下、2年連続の無観客祭のため、観光客はほとんどおらず、車で来たローカル旅行者がまばらに大型ホテルに泊まるのみだ。

当地の東浜ホテル街は、5月5日から休業要請を強いられ、門を開けているホテルは少数、閑散としている。お祭り前後の活気がなく、死んだように静まり返り、わがホテル「ラブ&ライフ」も3カ月近く再封鎖を余儀なくされている。

海岸地帯はいまだ、内陸西部に比べ、感染者数が多めのため、週末封鎖は依然解かれないものの、店は6時から17時まで(以前は11時まで)営業可能となった。州全体、ロックダウンは8月1日まで延長である。

当オディシャ州(Odisha、人口4600万人)の新規陽性者数は1648人と2000人以下に落ちたが、死者数は増えて5116人と5000人を突破した(累計95万6000人、実質2万3000人)。

元宗主国のイギリスと、インドは今も緊密な関係下にある。ジョンソン英首相はパンデミック下訪印中止を2度余儀なくされたが、6月のG7サミットにインドを招待、将来の英印パートナーシップに向けて、EU脱退後の貿易再活性化を目指している。

インド全体の新規陽性者数は3万人台まで下落(3万0093人)、累計数は3120万人、実質80万人、死者41万4000人である。

ワースト2のマハラシュトラ(Maharashtra)、ケララ州(Kerala)の陽性者数も前者6017人(人口1億1420万人、累計622万人、実質23万人、死者12万7000人)、後者9931人(人口6113万人、累計317万人、実質14万人、死者1万5408人)と1万人を切り、収束に向かっている。

首都デリー(Delhi)に至っては、新規陽性者数はたったの36人、実質3万人(人口2000万人、累計144万人、死者2万5030人)と、目覚しい鎮静ぶりだ。

インドの医療調査機関によると、全人口の67.6%もの人に抗体ができている可能性があり、第1波時も集団免疫説が流れたが、もしほんとなら3人に2人に抗体ができている計算になり、あえてワクチン接種するまでもないのだが、反面、アルファ株とデルタ株のダブル感染の初例も見つかり、懸念されている。

というわけで、デルタ株の大元であるインドでは、収まりつつあるが、ほかのアジア地域で感染急拡大、特にインドネシア(人口2億7000万人)が世界最悪、15日に最多陽性者数5万6757人に達したが、7月20日の統計では3万4257人(累計291万人、実質62万人、死者7万4920人)、在留邦人も16人死亡したとのこと、同国には邦人が1万8000人いるらしく(インドは1万人)、邦人感染者数は360人にものぼるようだ。

5倍の人口のインドで、邦人感染者数160人、死者数1人だったから、事態の深刻さが窺える。

7月14日に、清水建設は現地の駐在員家族52人を救済のため特別便を差し向けたが、政府のチャーター便と在留邦人に勘違いされ、大使館にはどうしたら乗れるのかとの、切実な問い合わせが殺到したらしい。私も13日の時点でチェックしたネットニュースでは、日本政府差し向けとあったため、早とちりさせられ、内心憤慨したものである。

5月にインドの首都デリーで邦人女性1人が感染死したとき、政府の救援便云々の話が出たが、うやむやになってしまっていたため、差別待遇だと思ったのである。確かにインドネシアの邦人死者数は16人とインドよりずっと多いが、死者の多寡によってチャーター便を飛ばすや否や決めるのかと、カチンと来たのである。命の尊厳は数量では計れない、どの1人の命もかけがえのないもの、ではないか。

インドネシアの在留邦人からも、大使館の対策に対していろいろ不満の声があがっていたようだが、在インド邦人の私から見ても、日本政府はもっと、途上国の在留邦人に配慮すべきと思う。

私自身、日本政府の対応にはいろいろ不満を持つが、管轄の領事館に苦情を漏らしたことはない。

先般、領事館から届いたお知らせで、日本に住民票がない邦人のみ、ワクチン接種が公館で可能になるとあったが、理不尽と思わずにいられなかった。現地医療に根強い不信を抱く私は日本の健康保険取得のため、金沢市に籍を置いているのだ。在留邦人の接種に便宜をはかるというなら、一律にお願いしたい。帰りたくとも帰れないのだから。

途上国に住む邦人はまさにその、帰りたくとも帰れないジレンマに悩まされている。陰性証明書の取得、ワクチン接種、いずれも、医療設備が脆弱な現地では至難、検査場や接種会場での感染リスクもあり、期限にルーズな現地では、72時間前証明は不可能に等しい。ワクチン不足の問題もあるし、重い副反応が出たら、現地医療が対処し切れないことは、長年の居住経験で百も承知、必然選択は現地では打たない、打ちたくない、否、打てないに傾くことになる。

途上国の大使館はもう少し、現地事情に鑑み、苦渋している邦人救済に積極的に乗り出すべきだと思う。

それと、同じ在留者でも、例えば、現地人と結婚して在住している個人より、駐在員の方が有利だ。この度のインドネシアへの特別便を見てもそれはわかる。頼るべき組織を持たぬ個人は、親方日の丸に頼るしない。日本国籍保持者にとって、唯一寄りかかれる保護者だから。

でないと、私のように、老母が危篤でも、飛んで帰ることすらままならぬ窮状に置かれしまう。日本政府は、途上国の在留邦人の苦境をもっと汲み取って欲しい。私も、臆せず声をあげるべきなのだろうが、諦めが先に立ってしまう。

亡命者の帰りたくても帰れない、やむにやまれぬ心情が今こそ、骨身に染みてわかることはない。

●コロナ余話/イギリス全面解除の賭け

デルタ株の感染が広がるイギリス(日当たり陽性数3万9538人、累計547万人、死者12万9000人、新規死19人)で、経済再開に向けて、思い切ったコロナ対策転換、ボリス・ジョンソン(Alexander Boris de Pfeffel Johnson)首相が7月19日から、規制の全面解除に踏み切った。

現実には、マスク着用は推奨され(建前は不要)、劇場やスポーツ大会、コンサートなどの入場には、ワクチンパスポートや陰性証明が必須らしいが、パブ、ナイトクラブもオープン、ソーシャルディスタンスは撤廃されたようだ。

全人口の55%がワクチン接種済みで、感染者数は多くても、入院患者と死者数が激減したことの果断だが、時期尚早との国民の不安の声もある一方で、陽性者数より発症者や死者に目を向ける方向転換は、私見では望ましい。

陽性者数の増減に一喜一憂する時期は過ぎたと思うし、メディアはなぜもっと回復者に焦点を当てないのかと、常々思ってきた。 PCR検査の不正確さは巷間に伝わるところ、偽陽性者も少なからずいるみたいだし(一説によると、コーラやキウイ、ヤギの乳なども陽性反応、インフルエンザAも陽性になるとか)、そもそも、陽性者イコール感染者でないことはご存知だろうか。

キャリアであっても、ウイルスが細胞に侵入しなければ、発症しないのだ(無症状でも、感染を広げることから、陽性者数に焦点が当たったのだと思うが)。

だから、陽性者数ではなく、発症者に焦点を移し替えるというのは、妥当で、コロナ怖い、死ぬからの発想転換となるのではなかろうが。

インドは回復率が高く、常々なんで、累計数でワースト順を決めるのだろうかと思ってきた。回復者数を差し引いた人数で順位は決められるべきと思ってきたのだ。私自身も、つい最近まで陽性者=感染者と思い込んできたわけだが、メディアの報道はそうした誤解を生む伝え方だ。

話が少し逸れたが、パンデミックもかれこれ1年半、イギリスのやり方はリスクと背中合わせだが、先駆者的実験として、試される価値はあると思う。世界中が、この騒動、収拾のつかない大混乱にうんざりしかけている。

ワクチン接種がある程度進んだのなら、踏み出してみるべき賭けではなかろうか。初期にスウェーデンがマスク着用やソーシャルディスタンス始めの一切の規制無しで集団免疫実験を行い、注目されたことがあったが、結果は大幅規制した国々と比べ、死者が多少多かったくらいで、あまり変わらなかったとも聞く。ならば、経済への打撃もなく、国民への負担もない方がいいに決まっている。

住んでいる国によって、規制の厳格度もまちまちだが、途上国は概して、医療が脆弱なことから厳しくせざるを得ない。無論、共産圏程でないが、インドは厳格な方だ。日本の緊急事態宣言は骨抜き、インド在住者から見れば緩すぎる。私は現地のロックダウン中、浜の散歩もパスして、こもり切りだった。自分の身を守るためでもあるが、ストレス負荷がかかることは間違いない。反面、精神的にタフにもなるが。今は段階的解除が進むので、ウィークデーは散歩に出ている。

イギリスの賭けが丁と出るか、半と出るか、わからないけど、人類はここらでコロナと共存する術を学んだ方がいい。

(「インド発コロナ観戦記」は「観戦(感染)記」という意味で、インドに在住する作家で「ホテル・ラブ&ライフ」を経営しているモハンティ三智江さんが現地の新型コロナウイルスの実情について書いており、随時、掲載します。モハンティ三智江さんは福井県福井市生まれ、1987年にインドに移住し、翌1988年に現地男性(2019年秋に病死)と結婚、その後ホテルをオープン、文筆業との二足のわらじで、著書に「お気をつけてよい旅を!」(双葉社)、「インド人には、ご用心!」(三五館)などを刊行しており、コロナウイルスには感染していません。

また、息子はラッパーとしては、インドを代表するスターです。13億人超と中国に次ぐ世界第2位の人口大国、インド政府は2020年3月24日に全28州と直轄領などを対象に、完全封鎖命令を発令し、25日0時から21日間、完全封鎖し、4月14日に5月3日まで延長し、5月1日に17日まで再延長、17日に5月31日まで延長し、31日をもって解除しました。これにより延べ67日間となりました。ただし、5月4日から段階的に制限を緩和しています。

2021年8月1日現在、世界の感染者数は1億9829万1544人、死者は422万4015人、回復者数は1億2995万1817人です。インドは感染者数が3165万5824人、死亡者数が42万4351人、回復者が3082万0521人、アメリカに次いで2位になっています。

ちなみにアメリカの感染者数は3500万2148人、死亡者数が61万3224人(回復者は未公表)、日本は感染者数が93万7293人、死亡者数が1万5211人、回復者が83万9905人(ダイヤモンド・プリンセス号を含む)。インドの州別の最新の数字の把握が難しく、著者の原稿のままを載せています。

また、インドでは2020年3月25日から4月14日までを「ロックダウン1.0」とし、4月14日から5月3日までを「ロックダウン2.0」、5月1日から17日までを「ロックダウン3.0」、18日から31日を「ロックダウン4.0」、6月1日から6月末まで「アンロックダウン(Unlockdown)1.0」、7月1日から「アンロックダウン2.0」と分類していますが、原稿では日本向けなので、すべてを「ロックダウン/アンロックダウン」と総称しています。

ただし、インド政府は2020年5月30日に感染状況が深刻な封じ込めゾーンについては、6月30日までのロックダウンの延長を決め、著者が住むオディシャ州は独自に6月末までの延長を決め、その後も期限を決めずに延長しています。この政府の延長を「ロックダウン5.0」と分類しています。2021年3月から第2波に突入するも、中央政府は全土的なロックタウンはいまだ発令せず、各州の判断に任せています。マハラシュトラ州や首都圏デリーはじめ、レッドゾーン州はほとんどが州単位の、期間はまちまちながら、ローカル・ロックダウンを敷いています。編集注は筆者と関係ありません)。