3元首の喧嘩が大戦に発展した背景を描いた「キングスマン」(332)

【ケイシーの映画冗報=2022年1月6日】あけましておめでとうございます。本年も映画の話題をお届けしてまいります。年頭ではありますが、今回の「キングスマン ファーストエージェント」(The King’s Man、2021年)の公開は昨年末となっております。

現在、一般公開中の「キングスマン ファースト・ エージェント」((C)2021 20th Century Studios. All Rights Reserved.)。

ケレン味の効いたアクションと、巧みなストーリーでヒットした「キングスマン」(Kingsman The Secret Service、2014年)と続編の「キングスマン ゴールデンサークル」(Kingsman The Golden Circle)の前日譚、「国家に属さない独立諜報機関であるキングスマン誕生の物語」である本作もまた、コロナウィルスの影響などにより、当初の公開予定からおよそ2年、待たされた作品でした。

20世紀初頭、イギリスの貴族オックスフォード公(演じるのはレイフ・ファインズ=Ralph Fiennes)は、イギリスの支配地域であった南アフリカの騒乱で妻を喪い、厭世的な生活を送っていました。

1914年、ヨーロッパの情勢は険悪となり、縁戚関係にある君主をいだくイギリス、帝政ドイツ、帝政ロシアの3カ国が、敵意と憎悪を増していました。戦場を知るオックスフォード公は、とにかく戦争を避けたいと願いますが、愛国心に富んだ息子のコンラッド(演じるのはハリス・ディキンソン=Harris Dickinson)は、そんな父親を弱腰と感じ、父が許さないイギリス軍への入隊を胸に秘めていました。

高級軍人の旧友に請われたオックスフォード公は、コンラッドとともに、暗殺の危険があったオーストリア・ハンガリー大公夫妻の護衛にあたりますが、大公夫妻は暗殺者により、非業の死を遂げてしまいます。

この事件をきっかけに第1次世界大戦(1914年7月28日から1918年11月11日)が勃発、無数の死者を出しながら、戦争は膠着状態となります。オックスフォード公は自らの調査によって、この大戦の開始には、ある組織の悪意があると察し、イギリスの同盟国であったロシアに赴きます。ロシア皇帝一族を支配していた謎の僧侶グレゴリー・ラスプーチン(Grigorii Rasputin、1869-1916、演じるのはリス・エヴァンス=Rhys Ifans)と対峙するオックスフォード公たち。

しかし、ラスプーチンもまた、自称“羊飼い”というリーダーの率いる、謎の集団の構成員でしかなかったのです。

第1次世界大戦は長期戦となり、父に背いたコンラッドは戦地に向かい、ロシアでは革命が起こってソ連邦が成立、中立をたもつアメリカの動向に世界の耳目が集まっていきます。揺れに揺れている世界情勢のなかで、オックスフォード公がくだす決断と、起こす行動とは。

これまでの2作品が、同名原作コミックの映画化であったのに対し、第1次世界大戦の前後でストーリーが展開する本作は、監督のマシュー・ヴォーン(Matthew Vaughn)のアイディアによって生み出されています。

イギリス貴族の家系にあるヴォーン監督は歴史に明るく、第1次大戦にはこういうイメージを抱いているそうです。
「戦争というのはくだらない理由で起こったりするもの。この映画はそれを語ります。僕はこの映画を通じて、歴史を繰り返さないように人々に警告したかったんです」

そして、その“くだらない理由”をこう指摘します。
「第1次大戦は、言ってみれば3人の従兄弟(注:イギリス国王、ドイツ皇帝、ロシア皇帝)が親族げんかをしたようなもの。そこに尊い命が巻き込まれたのです」(「映画秘宝」2022年2月号より)

本作に登場する人物は、虚実ない交ぜとなっています。主要人物の多くは実在の人物ですが、キャラクターのディテールには、ヴォーン監督による味付けがなされています。とくに興味深いのは英・独・露、3カ国の国家元首をひとりの俳優(トム・ホランダー=Tom Hollander)が演じていることです。

従兄弟なので似ているのは当たり前なのですが、縁戚であるがゆえにお互いに、さまざまな気持ちを内包させていることに、リアリティを感じます。同じ道の兄弟(姉妹)は、存外としっくりこないという実例を、私も見聞したことがあります。

似ているがゆえに妥協なき闘争に発展して叱った事例は、人類の歴史に山積みになっているのですから。もうひとつ、印象に残ったのが、当初オックスフォード公が持っていた「とにかく戦争はいかん」という価値観の変化です。おおいなる喪失に直面した公が、争いを忌避することも理解できるのですが、それにより“より大きな喪失”を受けた場合、人間はどうするべきなのか。

「歴史を繰り返さないように人々に警告したかった」という監督の言葉に、強い説得力を感じます。次回は「スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム」の予定です(敬称略。【ケイシーの映画冗報】は映画通のケイシーさんが映画をテーマにして自由に書きます。時には最新作の紹介になることや、過去の作品に言及することもあります。隔週木曜日に掲載します。また、画像の説明、編集注は著者と関係ありません)。