61年版にない、ロケ、プエルトリコ系による新「ウエスト物語」(336)

【ケイシーの映画冗報=2022年3月3日】1950年代のアメリカ、ニューヨーク。再開発が進むスラム街でポーランド系移民2世の不良少年たちのグループ“ジェッツ”は、新しくやってきた同世代のプエルトリコ系“シャークス”とはげしく対立していました。両者が一堂に会する「争いはなし」というダンスパーティーの会場で、ポーランド系のトニー(演じるのはアンセル・エルゴート=Ansel Elgort)とプエルトリコ系のマリア(演じるのはレイチェル・ゼグラー=Rachel Anne Zegler)は偶然に出会い、一瞬で恋に落ちます。

現在、一般公開されている「」((C)2022 20th Century Studios. All Rights Reserved.)。制作費は1億ドル(約100億円)。

ところが、トニーの親友は“ジェッツ”のリーダーであるリフ(演じるのはマイク・ファイスト=Mike Faist)で、マリアの兄は“シャークス”のトップであるベルナルド(演じるのはデビッド・アルバレス=David Alvarez)だったのです。

“許されぬ恋”に落ちたトニーとマリア。移民たちそれぞれの立場や価値観の違い。そして、どこか不毛であると知りながら、暴走してしまう若者たちと、それを見守る大人たち。個人の力ではどうにもならない、生活や情勢の変化。そんな周囲と世界に翻弄される、トニーとマリアの恋の結末は。

日本では「ウェスト・サイド物語」(West Side Story)として知られるこの作品は、もともとは1957年にブロードウェイで演じられたミュージカルで、1961年に映画化され、その年のアメリカ、アカデミー賞において、ノミネートされた11部門のうち、作品賞と監督賞を筆頭に10部門で受賞するという高い評価を受けました。

ストーリーの骨子はシェイクスピア(William Shakespeare、1564-1616)の悲恋の名作「ロミオとジュリエット」(Romeo and Juliet)であり、“古典・原典”とも、“定番・定石”です。作品に触れていなくても、他の作品で「ウェスト・サイド」や「ロミオとジュリエット」のエッセンスやモチーフは存分に使われています。“鑑賞していなくても広く知られている”作品の再映画化ということで、監督のスティーブン・スピルバーグ(Steven Spielberg)もこう述べています。

「いやあ、こんなに手ごわいプロジェクトを引き受けたのは初めてじゃないかな。(中略)ちょっと正気の沙汰じゃないですよね」(「スペシャルメイキングブック」より)と、50年を越えるキャリアを持ち、数々のヒット作を生み出したスピルバーグ監督にしても、そうとうのプレッシャーを感じたようです。

しかし、「61年の映画はいまも我々の心に響く。その偉大な物語を、時代に合った、より現実的な映画として語り継ぎたかったんだ」(2022年1月29日付「読売新聞夕刊」)。

こちらのほうが強く、監督を突き動かしたのでしょう。
「時代に合った、より現実的な映画」という部分は、しっかりと構築されています。プロローグで描かれる“ジェッツ”と“シャークス”の対立を描くシークエンスから、それは直感できました。

ダンスや楽曲は1961年版のオリジナルに近似となっていますが、ダンスの動きはよりシャープになり、戦うシーンもオリジナルが“象徴的”(振り付け的なアクション)な舞台的な描写となっているのに対し、本作ではよりリアルな、現実に寄った仕上がりとなっています。

撮影も、オリジナルはまだ珍しかった現地ニューヨークのロケと、セット撮影が中心です。現地での撮影も大切ですが、セットの活用は天候気象の影響がなく、確実な絵造りができるので、当時はポピュラーな技法でした。

本作では最新の映像技術も存分に取り入れられ、オープン・セットを多用した広がりのある、自然な世界がある一方で、現実にはないエモーショナルなシーンも散りばめられており、リアリズムだけにはなっていません。

時代の流れはキャスティングにもあります。1961年度版の“シャークス”のメンバーは白人俳優がメイクでプエルトリコ系の肌を表現していましたが、本作では「20人余りのシャークス全員にプエルトリコ系の俳優を起用できなければ、この映画を作ることはできなかっただろう」と語るスピルバーグ監督は、本作がこのタイミングで生まれたことにこんなコメントを出しています。

「民族や文化にまつわる価値観の更新、ジェンダーの革命。進化の旅はまだ始まったばかりなんだ」(前掲紙)。

作中、“シャークス”のメンバーがスペイン語(プエルトリコの言語)をしゃべると、「こっちの言葉を話せ」とたしなめられますが、数十年後にはアメリカで一番使われる言語はスペイン語になるという指摘もあるそうです。

時代は確かにかわり、動いています。願わくば、よりよい世界になりますことを。次回は「オペレーション・ミンスミートーナチを欺いた死体」の予定です(敬称略。【ケイシーの映画冗報】は映画通のケイシーさんが映画をテーマにして自由に書きます。時には最新作の紹介になることや、過去の作品に言及することもあります。隔週木曜日に掲載します。また、画像の説明、編集注は著者と関係ありません)。